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彼は二つ年下のバンドマンで、私とは正反対の人生を過ごしていた。 高校を卒業後、両親の反対を押し切ってバンドで売れたいという夢を追いかけ上京した。 彼の歌声は、普段の話し声からは想像もつかないような透き通った綺麗な声で、このような声のことをハイトーンボイスということを初めて知った。 それまで音楽に興味がなかったこともあり、彼が作る、歌う曲が私の音楽の全てになった。 付き合って程なくして私の家で一緒に暮らすようになった。 トモキがそばに居るだけで退屈で真っ暗だった生活が、光を浴びたように輝いているようだった。 ごく自然に、トモキの夢が叶う事が私の夢になった。 朝は私の方が早いから、トモキを起こさないように支度をする。 彼の寝顔を見ることができるのは私の特権だ。 白地に黒の英字でバンド名の羅列がプリントされたTシャツを着て寝ている。 いつかこれに載るんだ、と意気込んでいた。 トモキが寝返りをうつと、Tシャツのお腹の部分に黒いシミが見えた。コーヒーでもこぼしたのだろうか。 音楽の事以外にまるで頓着のないトモキの悪い癖だ。 「もう、すぐ洗わないと落ちないのに」 そう不満を漏らしそうになる。 それでも彼の寝顔を見やると全てを許してしまう。可愛くて仕方がない。 この寝顔からはとても、ステージ上で歌う姿も、曲を作ることも想像ができない。 不意に、トモキが手の届かない遠い存在のように感じて、不安になって手を伸ばした。 私の手がトモキに触れて少しだけ安心する。 彼の書く詩は物語のようになっていて、特にラブソングの情景描写がやけにリアルで過去の恋愛が透けて見えるようだった。 私との事は詩にはならない。平凡過ぎるのかもしれない。 すでに過去になった女達とはいえ、作品に、彼の一部になっていることが羨ましく思えた。 Tシャツに染み付いたコーヒーのように、彼女らがトモキに染みついている。 私では彼のシミを洗い流せない気がして、慌てて服を脱がせた。 起きたトモキが目をこすりながらこっちを見る。 「ん、おはよ」 「ごめんね起こして」 「あぁ、洗濯するの?」 「そう。いい天気だからね」と誤魔化す。 トモキは、ありがとう、と言って何もなかったように半裸のまま眠りに就く。 剥ぎ取ったTシャツは洗濯カゴには入れずにゴミ箱に捨てた。
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