壱日目

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   人に、ましてや異性に話しかけられることに慣れていない僕は少しだけ動揺した。 けれど、相手が自分と同年代であること、そして僕たちの高校の生徒では無さそうな事を見てとると、「君も思いっきり立ち入ってるじゃないか」と当然の反論を試みる。 「へへ、まぁそうなんだけどね。君、湾岸南高校の生徒でしょ?この辺りじゃ見ない顔だもんね」  白いワンピースに貝殻の髪飾りという出で立ちの彼女はどうやら僕を咎めようという訳ではなさそうなので、一応頷く。 「そう言う君は島の生まれか。こんなところで何をしてるんだい?」  ちなみに僕はこれを、と小説を差し出す。彼女はたどたどしい手つきでそれを開き、即座に首を振ってそっと閉じる。  返しながら、つまらなそう、と呟いたのを僕は聞き逃さなかったが、敢えて言い返すほどのことでもない。 「私はね、大シャチ様に会いに来たの」 「大シャチ様?」  耳慣れない単語に眉をひそめて聞き返すと、彼女は少し考える素振りを見せた後、ニヤリと笑って言った。 「見た方が早いよ。そんな本よりよっぽど面白いから」  それは聞き捨てならない、と僕は時計を見る。もう少しだけ彼女に付き合う時間はありそうだ。  僕がどうぞご勝手に、という仕草をすると、彼女はまた悪戯っぽく笑い、目を閉じて口笛を吹き始める。その調べは聞いたこともないのに何故か懐かしさを感じて、僕は音楽というものに初めて心を動かされるのを感じた。  しばらくその音色を聴いていると、やがて海に明らかに大きな魚影が見えた。僕は彼女と魚影を交互に見ながら、少しだけ焦る。  彼女の口笛もどんどん力強くなって、その波が最高潮に達した、その時。  黒い影が海面を破るように姿を現し、大きく跳躍した。
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