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困惑する津野に、少女は値踏みをするかのような視線を向ける。
「いや、大丈夫だよ。ここから出ればすぐに皆の所に戻れるから」
「怖い? そうだね、あたしのこと知らないもんね」
「そっか、お父さんもお母さんも好きかー。幸せに生きてるんだね」
その場には少女の声だけが響く。この間津野は一言も発していない、思っただけだ。
そんなことは意にも介さず少女は続ける。
「ふふ、いいね。その表情、困惑するような、怯えるような、今までもいろんな人がここへやってきたけど、その中でも一番いい表情してる」
ううん、と少女は口許に手をやり、少し考えを巡らせてからこう言った。
「よし決めた。あたしはあんたを食べよう」
「食べっ」
思わず声に出た。
食べると言われても、人が人を食べるという発想自体、津野にはない。
だがその言葉にはそんな津野をしても、自分の今後を予感させるに十分な重みがあった。
少女は言葉の残虐さとは裏腹に、目を細め優しい笑みを浮かべる。
「そう、食べるの。あんたの想像通り、けれど今すぐは食べないよ。せっかくいいものが手に入ったんだから、いい味付けをしないと」
少女の中では手に入ったことになっている。けれど事実、津野の生殺与奪の権利は少女が握っていた。
何の迷いも警戒もなく少女は津野に近づく。
津野は恐怖のあまり目を閉じてしまう。
「おお、ちょうどいい」
一瞬の静けさの後、津野は唇に柔らかく温かなものを感じる。
直後――
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