覚りの怪を騙すには

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話し終わった津野を待っていたのは、眉間にしわを寄せる二人の姿だった。 「あの、やっぱり」  こんな話は信じられないですか。そう聞こうとしたときだった。 「(さとり)(かい)」  酒坂は口を開いた。 「山形や岐阜の山中に現れるという妖怪だ。彼は――いやこの場合彼女か、彼女は人の心を読むという。ある日、山中でたき火をしていた男の前に現れ、『お前は怖いと思ったな』『逃げようと思ったな』などと、考えていることを次々言い当てる。男は『こいつが噂に聞く覚と言うやつではないか。ならば俺は食われてしまうのか』と考える。もちろんそれも覚に読まれてしまうのだが、しかしその時、たき火の中の枝が爆ぜ、覚にぶつかる。『人間は思ってもみないことをする』と捨て台詞を残し去って行く。という民話もある。ぶつかったのはかんじきというスノーシューズのようなものだ、と言う話もあり、山小屋で過ごすときは入り口にかんじきをかけておく、という風習もあったそうだ」  覚の怪、初めて聞いた名前だ。  一方、間の方は全く違うことを考えていた。 「こちらの考えていることをあててくる。大変ですね、それだと騙すことも出来ない」  この人は知りもしない相手のことを騙そうとしているのか。  やはり付き合いを考えるしか。 「だから、身内の信頼をそう簡単に捨てる訳がないじゃないですか」  一瞬ふわりと笑ったあとに、また眉間にしわを寄せる。 「いや、けれどこれは大変ですよ。そうでもしないと、こちらにはお祓いだなんだは出来ませんし、うまく誤魔化して帰っていただくくらいしか」 「そうだな、専門でないものが無闇に手を出していい相手じゃない」 「そんな」  津野に大人しく食べられろというのか。
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