0人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
確か、ことの始まりは、昨日久しぶりに咲良とカフェで会ったことだ。
「誰か好きな人とかいないの?」
この質問は、「最近どう?」とか、「元気?」とかいう程度の挨拶だ。今までで咲良がこの質問に「いる」と答えたことはない。
最初の頃は怖いもの見たさで、手に汗握りながら聞いたものだが、最近は答えがわかっている答え合わせのようなものだった。
だから、咲良の答えを聞いて驚いた。
「実は……お付き合いしてる人がいて……」
目を伏せて恥ずかしそうな咲良を見て、自分の心が粉々に砕け散った気がした。
その後咲良が何を言ったか、よく覚えていない。
気がついたとき、誠は汚い路地で露店の前にいた。
フワフワして足が地についた気がしないし、気分が悪い。何店目かのバーでしこたま飲んだテキーラが効いている。
誠は露天の前で足をもつれさせ、喉元にせり上がってきたテキーラを側溝に流した。
「お客さん、荒れてますね」
露店の店主は薄汚いケープをかぶっていて、やたら大きな鷲鼻の奥に、濁った白目が光っている。いかにも胡散臭い。
しかし、この時の誠の半分はアルコールとヤケクソでできていたのである。
「そりゃ荒れるってもんですよ?」
そうして、どこの馬の骨ともわからない店主に、いきさつを話したのである。
「そんなお客さんに、ピッタリの商品があるんですよ」
そりゃあ、小一時間も他人の失恋話を聞かされて、そう言ってこない商売人はいないだろう。
そして、店主が持ち出した“商品”とやらが、薄汚い水差しのようなものと知れば、買う人間などいないだろう。
「買った!」
普通ならば。
最初のコメントを投稿しよう!