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「おはよう、居眠り王子くん?」
からかうように顔を覗き込んできたのは若い養護教諭だ。
「二時間も寝ていたんだよ。具合はどう?」
男子トイレに籠城していた凪人は心配した担任に助けられて保健室に担ぎ込まれたのだ。
ベッドから起き上がった凪人は腹をさすって様子を確かめた。
「お腹がすいてきたので、そろそろ大丈夫だと思います」
「そりゃ良かった、ちょうどお昼の時間だよ。アンパン食べる?」
半分に割ったアンパンが手渡される。また吐くかもしれないと恐怖はあったが空腹には勝てずにかぶりついた。餡子のほのかな甘さがじんわりと広がって美味しい。
「はぁー、やっぱり人様からもらったアンパンは美味しいわね」
「人様?」
「差し入れ。一年生の女の子が持ってきてくれたんだよ。さっきはごめんなさい、だってさ」
話からすると福沢がお詫びを兼ねて持ってきてくれたらしい。養護教諭はそれをご相伴に預かっている、ということだ。
だからといって非難するだけの気力もなく、凪人は数口でアンパンを食べきってしまった。
それを確認したところで養護教諭が話しかけてくる。
「この症状初めて?」
「あ、いえ。何度も経験しています。最近はあまり症状が出なかったので通院していなかったんですけど、今日は久しぶりにきつかった」
昔からの症状で慣れてきたとは言え、胃の内容物を吐き出すのはやはり抵抗がある。
「起きられるようならもう大丈夫でしょうね。昼休みが終わったら教室に戻っていいよ。さっきまで職員室付近が騒然としていたんだけどもう落ち着いたはずだから。なんでも芸能人が来たとかで」
「へぇ、公立高校になんの用事で?」
「さぁ、なにかの取材かな? まるで蟻の巣をつついたようにあっちからこっちから生徒が出てきて大騒ぎ。嬌声を響かせて背伸びしてカメラ構えて凄かったよ」
「で、誰だったんですか?」
「それはね――」
コンコン、と扉がノックされた。
「はい、どうぞー」
自ら扉を開けに行った教諭は目を丸くした。
入ってきたのは教頭先生だ。教諭に目配せしつつ凪人に視線を向けてくる。
「黒瀬くん。もう具合はいいのかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
布団を剥いでベッドを降りようとしたところを止められる。
「そのままで構わない。じつはお客さんが来ていてね、どうしても会いたいというんだ。さ、どうぞ」
教頭に促されて扉の向こうに隠れていた人影が姿を見せた。
(――あっ)
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