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「――だから兎ノ原アリスさんだよね。そう名乗ったじゃないか」
「だから私はアリスなの。A-L-I-C-E……Alice(アリス)」
言いながら黒髪のウィッグを取り払った。ヘアネットとピンも外すと彼女の地毛であるミルクティー色の美しい髪がなびく。
ターコイズブルーの瞳がこれ見よがしに輝いて凪人を見つめてきた。
「ほら。ほらほらほら、見覚えあるでしょう?」
「……………えぇと」
ここまでの会話でどうやら彼女がただの一般人でないことは薄々察しがついていた。しかし肝心の『Alice』が分からない。
しかしアリスは諦めずに詰め寄ってきた。
「ハイティーン向けの『Emision(エミシオン)』って雑誌知らない?」
「Emision――悪いけど女性向けの雑誌は見ないから」
「じゃあネットは? 高校生ならスマホでいくらでも見られるでしょう」
「スマホは高いから持ってないんだ。自宅にあるパソコンは親と共有だから見るのはニュース記事と決まったサイトくらいだよ」
「じゃあAちゃんねるも知らない? ネットの動画配信番組なんだけど」
「あ、それなら今朝中学生が話題にしていたよ、おれは観たことないけど」
アリスの顔がどんどん険しくなる。
旬な話題に疎いことは凪人も自覚していたが、どちらかと言えば「避けている」面が強い。しかし実生活で困ったことはなく、またこんな風に相手を残念がらせることもなかった。
「……はぁ、私の知名度もこの程度か」
肩を落とすアリスは明らかに落胆した様子だったが、自分の努力不足を自覚しているようだった。そのままゴロリを横になり、猫のように体を丸くした。
「なにしてるの?」
「悔しいからふて寝」
意味が分からない。
凪人の戸惑いなど意に介さず自宅のリビングにでもいるようにくつろいでいる。このまま占領されてはベッドから降りられない。
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