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「私いまモデルをしているの。さっき言ったEmisionにも毎号載っているのよ。それなりにだけど」
「もしかしてAちゃんねるに出演しているモデルって」
「私よ。さっきからそう言ってる」
「未使用の歯ブラシで訴えられたのも」
「それも私」
「番組中に使用した歯ブラシで和解金を払おうとしているって」
突然がばっとアリスが起き上がった。
「しょうがないでしょ! だってあれは――……」
見開いた瞳には憤りが宿っていた。必死さが現れていた。しかし言葉が続かない。
「……なんでもない」
そう言ってまたぽすんと転がってしまう。
「朝は黒猫を見かけたからいいことあると思ったんだけどなー」
「逆じゃなくて?」
「私の祖母がニュージーランド出身なんだけど、黒猫は妖精の化身として縁起の良い生き物だったの。結婚式の前の黒猫が横切ると幸せになるとも言われている。そして今朝私たちが出会ったホームには黒猫がいた。これは偶然だと思う?」
「いや、偶然としか思えないけど」
「つまんない人」
不機嫌顔になる。一体なにがしたいのか分からない。
窓から差し込む光のせい、あるいは髪色のせいだろうか。まっしろなシーツで横たわるアリスの姿はきれいだった。まったく知らない凪人でも見とれてしまう。しかしいつまでもこうしているわけにはいかないのだ。
(彼女には関わらないほうがいい)
凪人の中で結論が出た。
モデルだろうがアイドルだろうが関係ない。芸能界(ワンダーランド)の住民に深入りしてはいけない。
「ごめん、もうすぐ昼休み終わるんだけどもういいかな。そっちも学校だろ」
「早退したの。仕事で抜けることもしょっちゅうだもの、誰も気にしないわ」
「ならいいけど、おれは行くよ。わざわざ礼を言いに来てくれてありがとう」
寝転んだままのアリスにぶつからないようベッドの反対側に体を反転させて立ち上がろうとした。そこへ手が伸びてくる。
「待って」
腕を掴まれて引き寄せられた。
「忘れ物、届けに来たの」
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