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差し出されたのは生徒手帳だった。学校名だけでなく凪人の顔写真と名前がばっちり映っている。アリスはこれを頼りに自分を見つけたのだ。
「ありがとう。でも落とし物なら駅員さんにでも届けてくれれば良かっ……ぐふ」
突然顎を掴まれたせいで言葉が詰まる。片手で凪人の顎を挟んで乱暴に上向けしたアリスはもう一方の手で驚くほど丁寧にメガネを取った。
無言で見つめあうこと数秒。
「……あの?」
たまりかねて先に口を開いた。
「朝見たときから思っていたけど……」
目の前でアリスの唇がぷるぷると震えだす。
痙攣でも起こしたかと心配していると突然カッと目を見開いた。
「やっぱり、やっぱりやっぱりやっぱりやっぱり」
見る見るうちに頬が赤くなって瞳が輝き出す。
「レイジだーーーーッッ」
訳が分からないまま全力で抱きしめられる。
「いて、いててててて」
母を除く異性にされた最初のハグは窒息しそうなほど強力だ。骨、筋肉、内臓……ぜんぶ潰されそうな勢い。しかしアリスは一向に気にしない。それどころか目をキラキラさせて早口でまくしたてる。
「私ね、私ね、私ね、レイジの大っ大っ大ファンで、DVDも全巻持っているしグッズだってサイン入り台本だってネットオークションに出ていたものを片っ端から買い集めたの、それでね、それでね、それでね」
「スト――――ップッ」
両手を突き出しアクセル全開のアリスに急ブレーキをかける。
アリスはきょとんとして目を丸くしたがとりあえずは静かになったので、凪人は深呼吸しながら奪われたメガネを取り返した。
「なに興奮しているのか知らないけど、おれは黒猫探偵の小山内レイジじゃないよ。人違いだ」
「……でも」
「そりゃあ同じ年だしほんのちょっと似ているところもあるよ。あるけどね」
「でも」
「レイジは九歳のときに引退したんだ。高校生になったときの顔なんて分か――」
アリスはメガネをかけ直そうとしていた凪人の手をどかしてまで顔を見た。
「凪人くん、興奮すると鼻膨らむよね」
「うっ」
「右目蓋にある小さなほくろ、色も形も同じだよね」
「ううっ」
「それに私レイジとは言ったけど『黒猫探偵のレイジ』とは一言も言ってないよ。もちろんファンなのは『黒猫探偵レイジ』の小山内レイジだけどね」
「ぐはっ」
完敗だった。もはやどうやっても言い逃れできるとは思えない。
芸名、小山内レイジ。――本名、黒瀬凪人。
野暮ったい髪型やダテ眼鏡でひた隠しにしてきた正体が、遂にバレた。
いつかこんな日が来るかもしれないと警戒していたが、まさか六年も経ってからとは。
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