1.嵐を呼ぶアリス

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「ねぇ昨日の『Aちゃんねる』観た?」  中学生とおぼしき女子二人組がネット上の動画配信番組のことで笑っている。 「みたみた。歯ブラシ問題で炎上したこと一応謝ってたね。でも唾液検査する神経は疑いますって、あれ全然反省してないよね」 「これから毎回番組中に使った歯ブラシの落札額を被害者への和解金にあてるだって。しかも一万円からスタート。ふてぶてしいよね、ほんと笑える」 「今夜は早着替えに挑戦するらしいよ。どこまで媚びてんのってカンジ」 「良く見ると顔怖いよね」 (……あぁ、Aちゃんねるって番組に出てるお騒がせモデルの話か)  今朝の記事とやっとつながった。  どうやらそのモデルはすこぶる評判が悪いらしい。  ぼっちの凪人にとってはどうでもいい内容だが、こうして他人の会話に耳を澄ましていれば「余計なこと」を意識しなくても済む。  そっと胃袋のあたりを触って状態を確認した。どうやら落ち着いているらしい。願わくばこのままキープしてほしい。 (……ん?)  ふと視界に留まったのは隣の列の先頭、緑地に白のチェックが入ったスカートだった。近くにある名門校の制服で、通うのは金持ちばかりだ。 (金持ちでも満員電車で通学するのか。大変だな)  同情とともにかすかに親近感を覚える。スカートの主は頭頂部から腰まで伸びる黒髪ストレートが傍目にもキレイだったが、うつむいているため髪に隠れて顔は見えない。  なんとなく気になって見ていると少女の死角にあたる背後からスッと手が伸びてきた。それも両手だ。  少女のピンと伸びた背に合わせるように手のひらを向け、距離をはかっている。 (一体なにを?)  それはまるでドラマの一シーンのように、手は確実に少女を狙っている。しかし当の本人が気づく様子はなく、うつむいたままである。  他にだれか気づかないのかと見回してみても、乗客の視線は手元のスマホや新聞に集中していて彼女に迫る危機にはまるで気づいていない。エキストラ然として空間を埋めているだけだ。 「あ、ちょっ、失礼します」  なんの意図で伸ばされているのか分からない手をいさめる勇気なんてないが、だれかの存在が近くにあれば警戒して手が引っ込むかもしれない。そんな思いがあって凪人は列を離れた。 『ピンポン、まもなく列車がまいります。危険ですから黄色い線の内側へ下が――』  アナウンスが鳴り響いた。  列車が近づいてくる。  その瞬間、狙いすましたように手が動いた。  少女の背中めがけて。 「――――ッッッ」  それはだれの声だったのだろう。  その場の全員がまったく同じタイミングで息を呑む。そんな、悲鳴とも絶叫ともつかない完全一致の和音。  突然押された少女はつんのめるように前へと飛んでいた。黄色い線の向こう側へ。  凪人は地面を蹴っていた。その瞬間は本当になにも考えなかった。 (行くしかない)  思いっきり跳んで、宙を舞う少女に横から体当たりをくらわせた。     
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