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「遅れてごめん、福沢」
走って教室に入った凪人は同じく週番のクラスメイトに謝りに行ったが、教材を準備していた彼女は凪人をにらんだきりなにも言わなかった。それだけ立腹しているということだ。
嘔吐したあとはしばらく気だるくて動けない。三十分以上籠城してようやく動けるようになった凪人は予定より一時間も遅れていた。福沢が怒るのも無理はない。
しかし相手の機嫌を損ねたからといって週番をやらなくていいということにはならない。必要以上に刺激しないよう距離を置きつつ、見よう見真似で人数分のプリントをホチキスで留めていった。いまはなにを言っても火に油。それなのにこんなときに限って変なものを見つけてしまったりするのだ。
「あの、この紙さ、印刷するときに折れていたみたいで文字が半分しか……」
なけなしの勇気を振り絞って話しかけたが、分厚いプリントを机に叩きつけられたせいでびびってしまった。
「知らない。自分で先生のとこ行けば」
福沢は顔も見ずにそう言い捨てると自分がホチキス留めした分のプリントを抱えて立ち上がり、生徒たちに配り始めた。
「はいこれ、一時間目の授業で使う問題集だって。全部埋め終わった人から自習らしいから早めにやったほうがいいよー」
前の席から手際よく配っていくが凪人が持っている分は当然配れない。一刻も早く自習を勝ち取りたいのにプリントが配られない生徒たちからはすかさず文句が飛んだ。
「おい黒瀬なにしてんだよ、さっさと配れよ」
もちろん凪人だって急いでいる。ひとりくらい手伝ってくれてもいいようなものだが飛んでくるのは怒号ばかり。気軽に手伝ってくれる友だちなどいない。
そんな時に限って、ホチキスが空しい音を立てた。
「やば、針終わった」
助けを求めて福沢を見るが、自分のプリントをしっかり確保した彼女は仲間内で問題を解き始めていて視線を合わせようとしない。
結局凪人は職員室に針を取りに走り、戻ってきたときにはプリントは待ちきれなかった生徒たちによって奪い取られたあとだった。ホチキスは別の生徒が融通をきかせたらしい。凪人の元に残ったのはミスプリント入りの問題用紙とホチキスの針だけだ。
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