第一部 四 夢みたいな時間

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 とりあえずお昼ごはんということで、せっかくなので美術館のレストランで食べることにした。  中庭に面した席に座り、優子さんと同じプレートランチを頼んだ。促されるままに手前の席に座ったけど、注文を済ませて前を見たら俺の席からは中庭がよく見えて、優子さんは背を向ける形になっていたので、これは失敗したのでは、と思った。 「あの、席、代わります?」  そう聞くと、優子さんはニコニコ笑って、 「ううん、私はまた一人で来ることもあると思うから、いいの」  となぜか嬉しそうに言った。  さすが、これが大人の余裕ってやつか。勉強になる。俺もこういうこと優子さんにしてあげられるようになりたい。  プレートはパスタメインでいろいろ盛られていて、サラダも付いてきた。食事を始めると、優子さんが話題を振ってくれた。 「レンブラント展、退屈だったんじゃない?」 「あっ、いや……。正直よくわからなかったけど、楽しかったです」 「そうなんだ」 「優子さんは絵が好きなんですか?」 「うん、観るのは好きだよ。全然詳しくないけど」 「え?」 「よくわからないで観てるの。愛美ちゃんにも変わり者扱いされるんだけどね」  すごく意外だった。あんなに絵に近づいて、興味深そうに観ていたのに。 「えっ、なんでわからないのに観るんですか?」 「なんだろう……。心の洗濯? 目の保養?」 「はぁ……」 「ごめんね、意味わからないよね」  優子さんは、あははと笑った。 「えっと、わからないので、知りたいです」 「そんな深い意味はないけど。ほら、心って日々汚れるでしょ。何か上手く行かなかったり、理不尽なこととかあってストレス溜まったり。それ自体はわりと忘れるほうなんだけどね、なんか濁りだけが残っていくっていうか。そうなると観たくなるんだよね、美術品を。上質なものをたくさん見て、心に入れていくと、浄化されるんだよね、なんだろう、悪いものが」 「悪いもの」 「そう。その感覚が好きでね、だから、ただ観てるだけなの。何も考えないし、作品を読み解いたりもしない。もちろん、作品のことがもっとわかると楽しいだろうと思うし、そういうテレビ番組とかも観ちゃうけどね、でも、自分が実際観るときは、そういう見方じゃないし、そういう目的でもないんだよね」 「わかったような、わからないような」 「あはは、だよね」
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