第二部 一 昔の恋人

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 本社に異動すると、私は総務部所属になった。  お客様のために心を砕いた仕事から、社員をサポートする立場に変わったのは少し残念だったけど、それはそれで気楽な部分もあった。  そんな折、正樹のお母さんが自転車で転んでケガをしてしまった。  連絡をもらった夜に正樹と車で駆けつけると、手首を骨折したとのことだった。  利き手ではなかったので大丈夫とお母さんは仰ったけど、入院させてもらえず自宅療養なのは、一人暮らしには大変なことだ。 「お母さん、私が仕事帰りにここに寄りましょうか。定時なら夜七時半には来れると思うので、洗濯したり食事作ったり、できると思います」 「優子……」 「そんな、優子さんにご迷惑かけるわけには……」 「大丈夫です。今は仕事にも余裕があるし、一、二ヶ月くらいのことでしょうし」 「それじゃ、俺も来れる時は来るよ」  そんなわけで、私は正樹のご実家に通うようになった。食事がお口に合っているかは心配だったけど、お母さんは美味しいと言って、嬉しそうにニコニコしながら食べてくれた。  土日のどちらかは正樹と二人で行って、掃除や買い物をした。お母さんが喜ぶ姿を見て、やはりゆくゆくは一緒に暮らしたほうが良さそうだなと思っていたし、この件でお母さんとの距離も縮まって仲良くなれて、同居への不安も無くなっていた。  ひと月が過ぎた頃、正樹の仕事が忙しくなって、土日も私一人で行くようになった。一人だと車が無いので買い物へはお母さんの自転車で行って、何往復かして必要なものを揃えていた。  毎日フルタイムの仕事の後、ご実家で二時間くらいの家事。毎週休みも一日潰していたので、さすがに私も体がきつくなってしまっていた。  それでも、お母さんのケガがほとんど治りかけて、少しずつリハビリできるようになっていたので、もう少しだからと思ってがんばれた。  そんなある日、正樹から突然、「もうほとんど治っているから、行かなくていい」と言われた。  たしかにずいぶん良くなっていたけど、まだあまり力を入れられないから重たい物を持てないし、洗濯物を干したり、根菜類を切ったり、ましてや買い物もお母さん一人ではできるはずがない。  なぜ正樹がそんなことを言うのか不思議に思って聞くと、予想もしなかった言葉が返ってきた。
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