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正直、心が動かなかったと言えば嘘になる。
久しぶりに話してみて、私はあれから、恋愛感情抜きにしても、正樹以上に心を許せる人には出会っていないことに気づいていた。関係をイチから構築する必要もないし、お母さんともうまくやれるという安心感もある。もしもう一度誰かと恋愛をするのなら、正樹以上に私を満たしてくれる人はいないかもしれない。
三十を超えると、いいなと思う年上の男性は結婚していることがほとんどで、そうでなくても結婚予定の彼女がいたりするから、正樹がフリーというのはある意味奇跡的でもある。しかも、私を想って一人でいてくれたなんて、贅沢にも程がある。
これは私が幸せになれる最後のチャンスかもしれない。
……でも。
「ごめんね、すごく嬉しいけど、応えられない」
桜井さんに話を聞いた時、「正樹を取られてしまう」と焦る気持ちが全くなかった。
たった今も、心に何の引っかかりもなく正樹に桜井さんを勧めてた。
「私にはもう、正樹に自分だけ見てて欲しいっていう気持ちが無い。そんな気持ちで応えたら、正樹にも、桜井さんにも失礼だから。ごめんなさい」
自分の気持ちを隠さずに口にするのは勇気がいる。それが相手の意向に反するとわかっていれば、なおさらだ。私は少し緊張しながら、正樹の表情を見つめた。
正樹はゆっくり視線を下ろした後、少し笑って、
「そっか……」
そう呟いた後、またこちらに視線を戻した。
「残念だけど、ちゃんと返事聞けて良かった。ありがとう」
私は胸が痛んで、弁解するように言葉を繰り出した。
「ごめんね、本当にすごく嬉しいよ。でも、正樹には私じゃ多分ダメなんだと思う。ていうか正樹に限らず、私は、ダメなんだと思う。誰かと生きるのは、向いてないんだと思う。だから、ごめんなさい」
「優子はダメなんかじゃないよ。俺が未熟で優子に相応しくなかっただけ。だから、ちゃんと優子に見合った人見つけて、幸せになってよ」
「ううん、正樹より上はいないと思う。その正樹でダメになったんだから、もう、ダメだと思う」
「そんなことないって」
「あるよ。でもね、いいの。一人でいるのが一番合ってる気がするの」
そう言うと、正樹は「そうなんだ」と笑った。
「まあ、結婚だけが幸せじゃないし、優子が優子らしくいられるなら、それが一番だから。それも含めて、幸せになって」
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