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第二部 二 妹の来訪
妹の晶子が珍しく私のマンションを訪ねて来たのは、正樹とのことがあって間もない頃だった。
「ひゃー、相変わらず狭いねぇ。都心のマンションなんて住むもんじゃないわ」
「失礼な。けっこう居心地いいし、便利だよ」
晶子は千葉市に住んでいる。
勤め先も千葉市内で、しかも人混みが嫌いなので、なかなか東京には出て来ることがない。
私が浅草に越してきて五年ほどが過ぎていたけど、この子が部屋に来たのは二回目か三回目か、数えるまでもないほどだった。
晶子は遠慮なく意見を言い合える、私にとってはほとんど唯一に近いような存在だ。一見のんびりして見えるけど、私とは違う観点から新鮮な意見をくれることが多い。めったに人を頼らない私だけど、手に負えなくなった時に相談する相手はほとんど晶子だったりする。そしてまた逆もしかり。
「そのチェアーにでも座って。コーヒー飲む?」
「飲む~」
私はキッチンに立って、ケトルにお湯を沸かし始めた。そしてサーバーにドリッパーをセットして、フィルターを準備する。
実は、私も美味しい豆を買ってハンドドリップするのが趣味になっていたりする。正樹がやっているのを見て、自分も家で美味しいコーヒーを入れられるようになりたくなって、本格的に勉強までしてしまった。
「私もおみやげ買ってきたよ」
「何買ってきたの?」
「落花生ダクワーズ」
妹は紙袋からギフトを取り出して言った。
「あはは、懐かしすぎ!」
「そうでしょう、たまには千葉を思い出してね」
「ありがとう。食べよう」
二人分のコーヒーを淹れて、部屋に運んだ。
私はこうして誰かにコーヒーを淹れるのが大好きだ。でも、今は部屋に人を招かないようにしているから、最近は専ら自分で飲むだけ。
だから代わりに、仕事でお茶出しするのを楽しみにしている。秘書室ではコーヒーメーカーを使っているけど、豆は私がセレクトしていて、社長のお客様にも評判が良い。
私はベッドに腰掛けて、妹が差し出したお菓子を受け取った。
「ありがとう、いただきます。東京に居ると落花生ダクワーズに出会うこともないなぁ。落花生最中とかもないもんね、隣県なのに。神奈川のサブレとかはあるのになぁ」
「そんなものだよ。都会は冷たいから。千葉のお菓子には見向きもしない」
「そんなことないって」
どうも晶子と東京は相性が悪いらしい。
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