第三章 浮木を尋ねて幾星霜

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第三章 浮木を尋ねて幾星霜

 祖母のあんな顔をみるのは初めてだった。ただその衝撃もそう長くは続かなかった。普段通りに学校に行きだすと、日々の忙しさに紛れてしまった。毎日の登下校でうどん屋の前を通った時にふっと意識する程度だった。  もちろん忘れてしまったわけではない。あの日、家に帰ってから電子辞書やインターネットで花を調べてみた。しかし、大体は祖母の言っていた通りの事柄しかなく、目新しい情報はなかった。 「『盲亀の浮木、優曇華の花』か、まあ三千年に一度しか咲かないんだったら稀ってことの例えにもなるよね」  百年に一度しか水面に来ない亀が浮き木に出会うのも、三千年に一度の花も珍しさのスケールが大きすぎる。正直ピンと来ない。インターネットの検索結果でも、稲の形に近いのはクサカゲロウという虫の卵くらいだった。本当に卵だったら孵化したときに家が大変な事になっていただろうし、祖母も否定していたから流石に違うと思う。  結局、「優曇華の花」は調べてもよくわからなかった。何だか不思議な昔話をされたと適当に自分の中で折り合いをつけてそのままにしていた。  雨の匂いがする。  学校を出た時に微かに湿った匂いを感じた。見舞いに行ってから一週間が経った。週末なので再び見舞いに行くつもりだったが、うっかり傘を家に置いてきてしまった。空は灰色の雲で覆われている。多分梅雨入りしたんだろう。様子を見に行くのは明日でいいかなと思ってそのまま帰宅することにした。  ぽたっ、と水滴が頬をなでた。髪が濡れて行くのをはっきりと感じた。雨は次第に激しさを増してきていた。天気予報を見なかった今朝の自分が恨めしいが、今更どうしようもない。水たまりに気を付けながら全力で走った。  なんとか家の前までたどりつき、鍵を開ける。鞄は適当に玄関に置いて靴下を脱いだ。鞄も拭かなければならないが、まずは靴をなんとかしたい。 「ああもう、靴ぐっちょぐちょだよ。これちゃんと乾くかなー。うわ、押したら水出てきた」  独りでぼやきながら古新聞を丸めて靴の中に押し込んで、タオルで鞄を拭いた。冷えて湿っぽくなった手を洗い着替えて、ようやくリビングに入った。湿気のせいか気だるい。なんとなくテレビを見ていると、ソファーの隣に置いてあったスマートフォンが震えた。メッセージではなく電話がなるのは珍しい。相手は父だった。何の用かなと考えながら電話に出た。
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