第三章 浮木を尋ねて幾星霜

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「もしもし、どうしたの」 「急に電話して悪いな。実は、お袋が倒れた。今病院から連絡がきた」 「あれ、足はすぐに治るはずじゃなかったの」 「足じゃない。足ならまだ良かったんだけどな。末期のガンらしい。転移が進みすぎてる」 「先週会った時は割と元気そう、あっ」  普通に話してはいたが、どこか様子がいつもと違った。プリンの時は特に普段と違っていた。それにあの話を聞いたのも初めてだった。まるで、最後の思い出話のような。 「そういえば様子がちょっと変だった。でも末期なんて、そんな」 「まだあるんだ。あのな。余命が、この分だと、あと半月なんだ」 「は、半月、半年じゃなくて半月、嘘、何かの間違いだよね、そうだよね」 「俺もそう思いたい。でも半月なんだ、現実は」  心の準備をしておいてくれ、そう言って電話が切れた。  自分の鼓動だけが沈黙した家に響いた。ミュートにしていたテレビの向こうでは芸能人が空虚な笑いをしていた。テレビも家もどこか遠いヴェールの外側にあった。思わず気分が悪くなってしゃがみこんだ。    どれくらいそうしていたのだろう。大きな轟音と共に目に痛いくらいの閃光が家を揺らした。急激に世界が戻ってきた。雨は気づかぬ間に雷雨と化していた。  ゆっくりと立ち上がり、乾ききった口の中で言葉を転がす。  ああ、優曇華の花をなんとしてでも見つけ出したい。それこそ、狂おしいくらいに。
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