第四章 人、深林を知らず

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第四章 人、深林を知らず

 今日も見つからなかった。 あれから数日が経ったが、「優曇華の花」の正体は全くわからなかった。私は学校の図書室で途方に暮れていた。目の前には先ほどまで調べていた分厚い辞典があった。 「全っ然わかんない。探し方悪いのかな」 仏教語大辞典から攻めたのは失敗だった気がしてきた。植物図鑑も図書室にある分は目を通したが、まず千年も生きているようなタフな植物がほとんどない。  ふと窓の外を見ると重苦しい灰色の雲が空一面に広がっていた。慌てて枕のような大辞典を片付けると図書室を後にした。いつもの下校ルートだとうどん屋の前を通ることになる。収穫がなかったことをはっきりと意識させられるのが嫌で、遠回りの道で帰ることにした。 「おかえり、もうすぐご飯よ。そういえば明日は父さんとお見舞いに行くんだけど、ちーちゃんはどう」 「ただいま。明日は用事あるから無理かな。部屋に荷物置いてくるね」  仕事帰りの母より遅いのは久しぶりだった。ドアを開けると、近くの街灯が暗い部屋をほんのりと照らしていた。物の輪郭がわかる程度の光を頼りに鞄を置いた。明日は祝日なのを利用して、県立の大きな図書館まで行く予定だった。     薄暗い部屋に居ると妙に心がざわついた。汗が一筋流れた。    もう時間がない。二、三日以内に花の正体を突き止めないと実物を探しにいけなくなってしまう。本当は両親にも協力してもらうべきなのだろう。だけど、あの時の祖母の表情を見たのは私一人だ。だから出来る限り自分だけで探し出したい。  そのためにも明日は早起きしなきゃと、思いながら部屋のドアを閉めた。  
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