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「ねぇ、すず」
今まで一言も喋らなかった葵が急に俺に声をかけた。
目線はそのまま、下を見ている。
「なに?」
「この景色……どんな風に見える?」
いきなりの言葉に困惑した。
頂上に近づいて来た観覧車からは、地上が小さく見えた。
市街地を通り過ぎれば青々とした山が広がり、反対を見れば夕日に染まって輝く海が、果てしなく続いていた。
この景色が美しいかどうか。
自然と融合したこの景色は、見る者を魅了する。
「綺麗、だと思うよ。」
俺はそう答えた。
恐らく、殆どの者が俺と同じ答えを出すだろう。
「そっか。」
葵は短く答えた。
質問の意図はよくわからなかった。
しかし、いつもの葵とは違う雰囲気を感じ取って、好奇心で理由を聞いてみたくなった。
「葵はこの景色をどう思うの?」
「……みんな、こういうのを見ると綺麗って答える。けどね、俺はそう思えないんだ。ここで景色を見ていても、自分の部屋にいても、変わらないんだ。だから、どうも思わないっていうのが正しいと思う。」
夕焼けから視線を外さずそう言った。
観覧車は徐々に降下している。
変わらないってどういうことなんだろう。
葵の言っていることが、俺には理解できなかった。
葵の感情の希薄さは、生来の性格だから、という理由から逸脱している気がする。
もともとはあったはずの感情を、無理矢理削り取られてしまったような。
「でもね、俺にも一つだけ、綺麗だと思えるものを見つけたんだ。」
この葵に綺麗だと思われるもの。
それに少しだけ、興味があった。
今までずっと外を見ていた葵が、ふとこちらに視線を向けた。
「────……すずを、綺麗だと思った。」
予想外の言葉に俺は目を見開いた。
ずっと、気になってはいた。
感情の希薄な葵が、何故俺だけに僅かながら表情を変化させるのか。
まさかこんなに抽象的な理由だとは思わなかったけど。
『綺麗』ってどういう意味なんだろう。
外見が綺麗だと言われるのは慣れてるし、自覚している。
けど、葵が外見が綺麗だと言うなどとは思えなかった。
だが、俺の内面はお世辞にも綺麗とは言えないだろう。
むしろ汚いと言える。
俺は葵の言葉について色々と考えたものの、答えは出ず、それから一言も話さずに観覧車を降りた。
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