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「それで、五十鈴は大丈夫なのか?」
しばらく続いた沈黙を破って侑李が言った。
「俺は大丈夫だ。それにまだ転校生がどんなやつかわからないんだ。日比谷家であることは確実だけど。」
「わかった。こっちでも調べてみる。」
「よろしく。」
「けど、無理はするなよ?」
心配そうな気持ちを瞳に宿しながら俺に言う。こいつがこんな表情をするのは珍しい。
それに対して俺は、心配を軽減させるように笑顔を浮かべる。
「大丈夫だよ。」
今まで興味の欠片も示さなかった葵が、その時だけ僅かに眉を潜めたことに気付いた者は、一人もいなかった。
ちょうど食べ終わったお皿をシンクに運ぶ。皿洗いは俺の仕事ではない。
さすがのあいつらも皿を割るほどではないため皿洗いくらいはやらせている。葵と二人の時は葵がやってくれるから最近皿洗いはしていない。
「五十鈴、変装といてきたらどうだ?その方が楽だろ。」
そう声をかけてきたのは侑李だ。確かに鬘もカラコンもあまり好きではない。そう思って変装をとるため洗面所に向かう。
因みにここにいる全員が変装については知っている。
侑李は幼馴染みだから当然知っていた。
葵については特にボロを出したつもりもないのに会って早々見破られた。あの時は本当に自信を無くした。
それがきっかけで葵が少し心を開いてくれた訳だが。
後で気づいたことだが、あれは俺の変装が悪いんじゃなくて葵の観察眼と洞察力が凄すぎたのだ。
だから葵以外の人に見破られたことはない。
蘭は一年の頃から同じクラスで仲良くなった。そしてこの4人で集まることが多く、隠すのが面倒だったため、大体の性格が見えたところで自分からばらした。
だからわざわざこの部屋の中でまで変装をする必要はないのだ。
洗面所に着き、鏡と向かい合う。
変わらない尖った犬歯。
仮初めの黒い髪に黒い瞳。
最初の頃は、この姿に物凄い違和感を覚えたものだ。
同時に、生まれつきこの姿だったら、と何度思ったことか。
そして苦笑する。そんなこと、叶うはずもないのに。
鬘を外し、カラコンを外す。
睫毛と眉毛も黒く染めているので、それも全て洗い流す。
そしてもう一度鏡を見直す。
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