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その学園に通っている俺、夏樹五十鈴は正に変装をしているのだが、ボサボサのマリモで底瓶眼鏡ではない。あれは本当にセンスを疑う。
普通に黒髪黒瞳だ。
ここまで言うと誤解が生じているかもしれないが、俺は腐男子ではない。
知り合いの腐男子に無理矢理吹き込まれただけだ。
俺は普通の学生であり、王道転校生でも、生徒会でも、親衛隊総隊長でも、チャラ男の演技をしている訳でも、ましてや自分の容姿に対して無自覚な訳でもない。
ただちょっと家柄隠して偽名使って変装してる族潰しではあるのだが。
そして、もう1つ王道学園としての具体例を上げるとするならば、生徒会と風紀委員会は仲が悪いことだろう。
特に両組織のトップ、生徒会長と風紀委員長の仲が。
この二人がお互いの存在を認識するような状況を作ってはいけない。
これはこの学園の暗黙の了解であり常識だ。
「おはよう、五十鈴!」
明るく可愛らしい挨拶が俺の耳に届く。
声の主は真っ黒な腹を天使のような微笑みで隠す腐男子だ。
この腐男子──天沢蘭は、見た目が美少女で腹の黒さを上手く隠すため、ここの生徒たちには天使なんて呼ばれちゃってるのだ。
しかし、俺から見れば腹黒腐男子で正に堕天使である。
そしてその堕天使が最近挨拶のように言ってくる言葉が、
「ねぇ、王道てんこうせ──」
「来てねぇよ。」
もう何度目になるかわからないこのやりとり。今はちょうど5月に入ったばかり。
なんでも、王道転校生とやらは、どうせなら新学期はじめに来いよと思ってしまうこの微妙な時期に来るらしい。
「えー、萌えが足りないよー」
「知るか。毎朝俺に聞くな。」
「だって知るならきっと五十鈴が一番最初でしょ?」
「鬱陶しい。」
「じゃあわかったら絶対忘れず僕に教えてくれるの?」
「…………。」
「ほら、聞かないと忘れちゃうんでしょ?」
確かにこいつに教えることなんて忘れてしまう自信がある。
だがそもそもこいつに教えたくない。
絶対に聞きたくもない話を聞かされる。
「だから僕は毎日聞いてるの。絶対に教えてよ?」
「え、いや──」
「教えてよ?」
「……わかった。」
そんな真っ黒な笑顔を向けられたら断れるわけないじゃないか。
忘れたら何をされるかわからない。忘れないようにしなければ。
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