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五十鈴が去った後の理事長室は、しばしの間静寂が訪れた。
最後にどこか悲しげで、寂しさを孕んだ微笑を浮かべ、雅也のことを“義父さん”と呼び去っていった雅也の生徒であり息子。
雅也は、五十鈴を実の息子と同じくらい大切にしている。だが五十鈴の方はどうなのだろうか。
五十鈴は随分と小さな頃から、雅也たちに迷惑をかけないように、自分の弱いところを見せないようにと気を使っているように思えた。
五十鈴は、実の親の顔も覚えていない。物心つく前に両親を事故で亡くし、物心ついた頃からは子どものように振る舞うところを雅也は見たことがなかった。
その頭の良さ故に、自分を圧し殺しているようだった。
それでも、せめて、自分の前では子どもでいてくれたらよかったのに。
せめて、自分を親だと思って甘えてくれたらよかったのに。
雅也はそう思わずにはいられなかった。
「五十鈴さんは、きっと大丈夫ですよ。」
そんな雅也の感情を読んだかのように時雨は言った。
「……そうかな?」
「えぇ、彼は強いですから。」
そうかもしれない。だが、その強ささえも、弱さを隠す仮面にしているのではないかと思ってしまう。
一見強く見えて、一つ仮面を取り払ってしまえば、あっという間に脆く崩れさってしまうのではないか、と。
「ぐだぐだ悩んでいるのなら、彼を守ってあげて下さい。あなたに出来ることは、悩むことだけではないでしょう?」
そんな雅也の心情を見越してか、時雨は続ける。
そうだ。
悩むだけじゃなくて、自分に出来ることは多くある。
雅也の持っているものは多い。
権力、実力、人脈。
「そうだね。まずは出来ることからやっていくことにするよ。」
一週間後にやってくる転校生。
どのような人物なのか、まだ雅也もよくわかっていない。
だが五十鈴が今いるのは自分の学園。自分の領域。学園に編入させておいて本当によかったと思う。
守ることはしやすいだろう。
あの事件のようなことは絶対に繰り返させない。
五十鈴に深い傷を残した事件。
今度こそ、五十鈴を守ってみせる。
──────あの人が、守った五十鈴を。
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