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 行くべき先はなかった。  友達を頼ると言う発想はなかった。いずれも実家暮らしであったし、母から連絡が来るのも時間の問題だった。何より、数少ない友人である彼女らに迷惑はかけられなかった。無論、これまで一度も迷惑をかけたことがないなどということはない。むしろ迷惑などかけっぱなしだ。それでも、家出娘を隠匿するのはさすがに荷が重いはずである。やがて成人を迎える年齢ではあったが、私たちはまだ子供だった。  薄いカバンに薄い財布、薄着の格好で電車に乗った。昼下がり、人気の少ない車内は、弱冷車の表示のわりに肌寒かった。カーディガンかパーカーか、羽織もののひとつも持たずに出てきた自分を馬鹿馬鹿しく思う。  こんなにも簡単だった。  まるで雁字搦めに鎖に縛られ、檻にまで閉じ込められているように感じていたのに、いざ飛び出してみれば、実家を出るということはいとも容易いことだった。こんなことならもっと早くにそうしていればよかったと思うし、どうせなら、色々と支度を整えてから出てくればよかったとも思う。せめて行き先くらい……。  だがきっと、そんな計画性がないからこそ、私は実家を離れられたのだ。だって、いくら考えたところで行くあてなどありはしないのだから。私の家はあそこであり、私の居場所で、帰る場所だった。私物があり、清潔な布団があり、食事が用意され、洗濯物がしてもらえる、身の回りのすべてを提供された贅沢な空間だった。溺れるほどの母の愛に、私もまた、深く、強く、甘えていたのだ。  そんなことを思いながら、やがて私はうとうととまどろんだ。相変わらず冷房は効きすぎていたが、車窓からの日差しは温く、列車の振動は心地よかった。無関心な他人の気配。密やかな話し声。ドアの開閉と共に紛れ込む蝉時雨。終わらない夏休みを願うように、この電車が永遠に走り続けて欲しいと思う。環状線の輪の中で、私は光の粒になりたい。
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