第5章:ハーケンクロイツ

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「よく階級まで覚えてたね。怪我した方も、もう大丈夫みたいだよ。楓も知ってる人の方が良いと思ってあの二人にしたんだ。」 「襟章見たからね。これでもこっちで陸将の娘だから階級章くらいは全部覚えてるよ。確かに知ってる人の方が緊張しなくて良いかな。ありがとう。でも、あの二人、結構美人さんだったよね、二人とは何もないんだよね?」 今日は起きてからずっと機嫌の良かった楓の視線が、一瞬にして氷のように冷たくなった。なにもやましいことはないのに冷や汗が流れてくる。ここで回答を間違えると話がややこしくなる可能性があるから、言葉は慎重に選ばなければいけない。例えば『部下に手を出す訳ないだろ。』と言ったら『じゃあ、部下じゃなかったら手を出すんだ?』となるわけだ。俺の本能がそう言っている。 「まさか、俺が好きなのは楓だけだよ。他の女となんて何もないよ。」 「だよね。誠司には楓がいるからそんなことある訳ないよね。」 楓の顔に笑顔が戻った。なんとか危機は回避したようだ。 「もちろんだよ。じゃあ、そろそろ仕事に行こうかな。朝ご飯美味しかったよ。」 このあと玄関で行ってきますのキスをしろとか定番なやり取りがなされたが、なんとか無事に出勤することができた。良くも悪くもこれからの楓との結婚生活は退屈しなそうだ。     
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