そこに住まうモノと日々の活計《たつき》

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 梅は酔うと自制がきかなくなり、一祢の指や耳などを噛もうとする。さながら酒の肴のスルメような扱いだ。けれども今は、寝惚けているだけだと一祢は感じて、冷たい視線を梅に寄越してから踵を返した。その仕打ちに薄ら笑いを浮かべながら、梅はまた寝に入った。着物に戻った梅が柔らかく床に落ち、静かな寝息をたて始めた。  ようやく目的の場所についた一祢は辺りを見渡した。ここは普段作業場として使っている一角だ。六畳ほどの空きスペースに、一畳分の木製テーブルを作業台として置き、作り付けの棚の一部に補修修繕、手入れなどの道具、素材を揃えている。昨夜の宴会はここで行われた。そのお陰で作業台の上は食べ散らかした酒の肴、紙皿、爪楊枝等が散乱しており、升や猪口は絶妙なバランスで積み重なっている。床にはやはり様々な器物、玩具等々が乱雑に、空いた酒ビンや空き缶と共に転がっている。そんな中に、後頭部が異様に伸び、キセルで紫煙を燻らす老人と、大の字に寝転がって高いびきをかく大男がいた。老人は妖怪ぬらりひょんで、名はなかった。正確には、名乗ることも名を呼ばれることも永らくなかったために忘れてしまったらしい。だけれどそれじゃ不便だから、いつからか、誰からか、爺さんと呼び始めていた。 「おはよう。時間なんじゃな?」 「えぇ。でんでんはどこに?」 「さぁ、朝まではそいつと呑んでおったが……」  二人して辺りを見回したが姿はない。まさか下敷きになってやしないだろうかと、そいつ呼ばわりされた大男の側を一祢は探したが、やはりいない。     
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