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「……次で最後の項目だね」
ヴァイスは切り替えるようにそう呟く。文字列を辿っていくと、どうやら次で最後の項目らしい。
「えっと、さよならの理由?」
「来世に行きたい理由ってことか?」
「たぶんそうだと思う」
曖昧に記された最後の項目は、受験とかでいえば志望理由みたいなところだろうか。そもそも来世に行く理由などないから、此処に俺が書くことはない。
「何て書くつもりなんだ?」
「女装男子に生まれ変わりたいから」
「はぁっ!?」
俺が何気なく問うと、間髪入れずにヴァイスが真面目な声音で言った。予想もしなかった返答に俺は椅子から転げ落ちそうになった。
「冗談に決まってるでしょ」
「…………心臓に悪い」
悪戯っ子のように微笑み、ヴァイスはペロリと舌を出す。普段嘘を吐かない性格のせいか、俺はあっさりと騙されてしまった。瞬きを繰り返し固まる俺を他所に、ヴァイスは羊皮紙に万年筆を滑らせる。俺を騙せて嬉しかったのか、どこかご機嫌な様子だった。
「よし、書けた」
「結局何て書いたんだ?」
万年筆を机に置いたヴァイスは、達成感に溢れた顔で言った。結局一文字も書いていない俺とは違い、羊皮紙に文字を刻んだヴァイスに尋ねてみれば、また即答される。
「超絶美少女になりたいから」
「マ、マジかよお前!」
「だから冗談だってば」
驚いて立ち上がった俺を見て、ヴァイスは腹を抱えて笑った。その様子を見て、俺はため息を吐く。次は騙されないと思っていても、正直者のヴァイスが言うことだからか、反射的に信じてしまう。
「メランくんは良い人なんだね。でも、そんなんじゃ悪い人に騙されちゃうよ?」
来世で苦労しちゃうよ。なんてヴァイスは不安そうに微笑を湛える。確かに生前もよく人に騙されていた記憶がある。人を信じすぎるところはどうにか直した方がいいのかもしれない。疑うということを知らないせいで、苦しい人生を歩む羽目になったのだから。
「さ、あとはサインするだけかな」
「契約書的な感じなのかそれ」
「みたいだね。ここにサインしたらこの世界とはさよならかぁ」
名残惜しそうにヴァイスは万年筆を握る。サインするのを躊躇しているのか、一向に文字を書く気配はない。
来世へと生まれ変わる意思はあるものの、この世界で過ごした時間はそれなりに長い。何か思うところがあるのだろう。
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