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「……はぁ、何だか名前を書くだけなのにすごく緊張するよ」
引き攣った笑みを浮かべて顔を強張らせるヴァイス。それを見て、俺も緊張してきた。今になって、来世というものが本当に存在するのか。この世界の神が言ったことに嘘は無いかを疑い始めた。今まであらゆることを信じてきた俺が疑うほど、転生というものは信用できないのかもしれない。
「でも、物は試しだよね!」
にこりと笑い、一度深呼吸をする。
僅か十秒ほどの静寂がおとずれる。俺にはそれが、ひどく長い時間のように感じられた。
そしてヴァイスは、羊皮紙に自分の名前をさらりと書いた。
「……あ」
その瞬間、羊皮紙が淡い光を放ち始めた。それは春の陽ざしのような光だった。
呆気に取られている間もなく、ヴァイスの右腕に付けられていた枷が唐突に外れた。ガシャン、と重い音を立ててそれは床に落ちる。
羊皮紙は一筋の細い光をこの世界にある大きな門目がけて放つ。それまで向こう側の景色が見えるだけだった門に、どこか知らない世界の風景が映りこむ。それはきっと、ヴァイスが生きる新しい世界なのだろう。
「行くのか?」
「うん。どうやら僕の理想は認めてくれたみたいだしね」
澄んだ青空が映る世界を見つめたまま、ヴァイスは静かな声で告げた。門の向こう側から吹いてくる風は温かく、生まれ変わるヴァイスを歓迎しているように感じられた。
意外にも、ヴァイスとの別れは早くやってきた。転生というものがこんなにも呆気なく、簡単なもので良いのだろうか。そう疑問に感じたところで、神という存在の気まぐれには逆らえないのだけれど。
「いろいろありがとう、メランくん」
「何がだ?」
「この世界に来てから仲良くしてくれて。僕、君みたいに素敵な人と仲良く出来て嬉しかった」
「……それは、こっちの台詞だよヴァイス」
風を受けながら笑うヴァイスに、俺もつられて笑った。
ヴァイスの新しい人生だ。祝ってあげなくちゃいけないのに、どうしてもこうも寂しいのだろう。行ってらっしゃいと、笑顔で見送ることが出来なくなりそうだ。
きっと俺は、生前腹を割って話し合える友達が居なかったから、此処でヴァイスと何でも話せたことが嬉しかったのだ。だから、彼を見送るのが嫌になったのだろう。
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