七十二候

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七十二候

 東から暖かい風が吹き出して、甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。その匂いに誘われたのか、ケキョケキョと舌足らずな鳴き声が、遠くから聞こえてくる。  もうしばらくすると、この辺りの木々は、ピンク色に染まるだろう。私はその様を思い浮かべ、スキップをした。  その昔、人は月の形で日付を知り、太陽の動きで時間や季節を分けた。  春夏秋冬の四季。  冬至、夏至、その間の春分、秋分を基準に区切られた二十四節気。  さらに約五日毎に区切られる七十二候。  その七十二候にあげられる花や鳥、草や木をはじめ、そういったものを次の世代に繋げるのが私達の仕事だ。  遠くの山に薄いベールがかかる。白と赤の甘酸っぱい匂いのする花と入れ替わるように、桃色の花と薄紅色の花が咲きだし、あちらこちらで様々な虫達が動き出す。  背中に鮮やかな羽を持つものが飛ぶ様は見ていて飽きない。けれど、うにょうにょと這い動くものは未だ慣れない。  建物の軒先目掛け、小さな茶色い鳥が忙しく動く。おしゃべりするような声を発しながら、黒い鳥が空を横切る。それは田植の準備をする合図。これからさらに仕事が忙しくなる。私は心の中で腕まくりした。     
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