退社

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退社

 誰もいない荒れ果てた部署で、スーツ姿の健斗は私物だけを用意しておいた段ボールに一つ一つ丁寧に仕舞う、検察の捜査も終わり自分の物に手を付けていいと許可が出た為に急遽会社に飛び込んだ。  「酷い有様だ、掃除はして行かないんだね彼等って・・・そりゃそうだ」  「ほら、あの人、広瀬課長の」  複数の濃紺の背広姿の係官から捜索差押え令状を見せられ,会社の全フロアが捜査を受け、重役ではなくこの部署から逮捕者が出たと聞いたのならば、廊下から他部署の社員が興味津々で健斗を見ている行為も何も言えない。通常の業務も停止し迷惑を被った彼等は、思う存分健斗を責める資格はある。  「意外と僕の持ち物少ないな」  課長の粉飾に注意を怠ったことにより近い存在の健斗は首を切られた、聴取も受けたがお気に入りのペンを数えている健斗は気分が晴れやかであった。そもそもこれは誤認逮捕だ、毎日健斗にだけ神経質に案件内容を突き詰めて訂正を求める執拗さは、彼の仕事の方針であって、課長の様な出来た人間が嫌がらせをしていた訳ではない。不器用で真面目だけが取り柄の健斗を、ここまで叩きあげてくれた人だ。彼が隠れてなんて。  「あ、課長から借りてたボールペン、返していない」  それこそ仕事に行きたくはないと思う日もある、自分にだけ厳しい彼の期待に応えられないと、時には本当に自分は嫌われているのではないかと自信を失う事がある、仕事が出来れば評価される、当然の事が仕事では人間関係の派閥争いに発展もする。純粋に仕事だけでは広瀬課長に認められないと分かっていた。  ペンを持ち立ち竦む健斗は己の爪が最近頓に綺麗に磨かれて行くのを感じた、爪だけではない手から全身にかけての皮膚の保湿や髪の手入れも、スーツも身の丈に合わない物を着ているのではなく、着られている。
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