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得た物は無かったのだ、と理解せざるを得ないところに辿り着くまで、それほど時間はかからなかった。
それは覿面に私の心を弱めた。
ともすれば心を喰らい尽くそうとする空虚や、あるいは憤怒と言ったものを何かで鎮めねばならなかった。
では、どちらが先に不逞の輩となったのか。
それは実は分からない。
私が同じ会社に勤める後輩の女子とよからぬ仲になったのが先か、あるいは彼女に新しい男の影がちらつくようになったのが先か。
恐らくそれほど変わらないタイミングだったろう。
だが、先にボロを出したのは彼女の方だった。
相手の出したボロを見逃す理由はどこにもなかった。
これまでに得た物が無かったという結論に達したならば、次に考えるのはいかにしてここから何かを得ていくのか。
つまり、いかにして相手より有利な形でこの関係を締めくくるかという事だ。
私はここぞとばかりに私財を投じ、彼女の不逞の証拠を徹底的に集めた。
そうして自分はいかにも潔白であり、彼女の不逞に心を痛めているのだという風に装った。
一時的にではあるが、新たにできていた恋人とも距離を置いた。
もちろん、勝利した暁には必ず迎えに行くという約束をした上での事だ。
「私、先輩を信じてるね」
彼女は私を先輩と呼んだ。
戦いは長引いた。
何度か連絡してきた恋人を宥めねばならなかったほどだ。
妻も負けるわけにはいかなかったのだろう。
決死の覚悟を感じた。
気を引き締めねば足元をすくわれる。
そう思った私は、恋人との連絡手段を絶つことに決めた。
もちろん、彼女に半ば強引にではあったが、同意を得た上での事だ。
そして数か月の後、私はいくばくかの金と長らく失っていた自由を手に入れた。
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