さよならには理由が要る。

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『今日はお仕事、遅くなると言ってましたが、もう家ですか? ゆっくり休んでくださいね』  彼女からのメッセージは、まだ敬語が残る奥ゆかしいものだった。   そうだ。  これでいい。 彼女を愛することはできなくても、大切にすることはできる、はずだ。  彼女はおれにすべてを与えてくれる。誰にも後ろ指をさされぬ普通の生活が、どれほど尊くて得がたいものが、今のおれは十分すぎるほどわかっている。  いずれ子どもも生まれれば、母も泣いて喜ぶだろう。彼女の両親も喜んでくれるに違いない。激しい愛はなくても、いやそんなものがないからこそ、穏やかで慎ましい家庭を作っていける。いけるはずだと、信じる。  だから耐えろ。  今の辛さはきっと一時的なものだ。    それにあいつだって、おれと同じように男同士の恋愛に疲れや限界を感じていたかもしれない。だからこそわかれ話にもごねたりせず、あんなにあっさり受け入れてくれたんだろう。  もしそうだとすれば、これ以上あいつの邪魔をすることはできない。多少太ったところで、あいつの魅力は損なわれない。むしろ女性には安心感を与えるだろう。  あいつも誰か素敵な人を見つけて幸せになって、そしてもしかしたら数十年後、街で互いに親子連れになったおれとすれ違う時もあるかもしれない。  その時に少し目を伏せて、それでも懐かしく微笑み言葉も交わさず別れるおれたちの姿まで、ありありとイメージすることができた。  だから今は、こらえろ。  歩き出せ。  わざわざ苦しいだけの道を、自分たち以外は誰も幸せになれない道を歩む必要はないんだ。
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