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プロローグ~会長室~
東京・丸ノ内の一画に建つ,大財閥『篠沢ホールディングス』の本社ビル。
この地上三十四階・地下二階建ての超高層ビルの最上階にある会長室のデスクに,ブレザー姿の一人の少女が西日を背にして座っている。
篠沢絢乃・十八歳。現役女子高生にして,この大財閥を束ねる現会長である。
絢乃は,デスクに積まれた書類にザッと目を通し,会長印が必要なものには,まだ少々おぼつかない手つきで印鑑を押していく。
一通りの仕事が終わると,ひじ掛け付きのデスクチェアにゆったりともたれ掛かり,一息ついた。
昼間は名門お嬢様学校・茗桜女子学院に通い,放課後や休日にはオフィスに顔を出す。
多忙を極める彼女も,このひとときだけは普通の少女の顔に戻れるのだ。
コンコン,とドアをノックする音がした。
絢乃は少し身を起こし,ドアの方へ「どうぞ」と応じた。
「失礼します。会長,コーヒーをお持ちしました」
そう言いながら,カップを載せたトレーを片手に,背の高い青年がドアを開けて入ってきた。
「ああ,桐島さん。ありがとう,悪いわね」
秘書の桐島がデスクの上に置いたカップからいい香りが漂い,絢乃が嬉しそうに微笑む。
「ちゃんとお砂糖とミルクも入ってる。わたしの好み,ちゃんと覚えてくれてるのね」
「はい,もちろんです。それが秘書としての基本ですから」
「桐島さん,二人の時はそんなにかしこまらないでってば」
絢乃は少し苦笑いして,カップに口をつけた。
温度も苦みも,ちゃんと自分の好みを押さえている。
「貴方の方が,わたしより八つも歳上なのに」
「いえいえ!あくまでもあなたは僕の上司ですから」
桐島があまりにも真面目くさって言うので,絢乃は思わず吹き出してしまう。
桐島貢,今年で二十六歳。有能で実直な秘書であり,親しみやすい人柄ではあるが,少々生真面目なところもあり,それが絢乃にはおかしかったのだ。
「会長!そんなに笑わなくても…」
「あら,ゴメンナサイ。だってもう,おかしくって…」
桐島が顔を真っ赤にしてムキになるので,絢乃は余計に笑い転げた(転げてはいないが)。
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