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湯沢っちの言うエロいのは、きっとあぁいうのだよなと昔に見られたTL漫画を頭の中に思い描いてみたら、どういうわけか、先日新藤さんが買った触手モノの同人誌の表紙を思い出してしまった。
「無言ってことは買ったのか。どういうやつ?」
「買ってない」
「なんだよ、今夜のオカズにしようと思ったのに」
「……」
そういうの、聞きたくないんですけど。
隣を歩く隙のないスーツ姿の湯沢っちをチラリと見て、この二重人格がと思う。
昔から湯沢っちは、外面のすごくいいヤツだった記憶がある。
きっと、それは今でも変わらないだろう。
会社では間違っても今夜のオカズなんて言葉は発しなさそう。
どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
きちんとスーツを着て、汚れのない革靴を履いて、適度に整えられた髪の毛とどことなくおしゃれな雰囲気を醸しているような気がするビジネスバッグ。
「そういえば、俺の同期が結婚するんだってさ。同期同士で」
「ふーん」
湯沢っちの同期ということは、湯沢っちと同じ年齢だとすれば31歳。
不思議でもなんでもないじゃないか。
嬉々として話す湯沢っちの話を適当に相槌を打って聞き流す。
同期の男は、かなりのイケメンでこれまで数々の浮名を流したような、そうでもないような人らしい。
彼女が途切れたことのないタイプだそうだ。
それがあるときから、パタリと彼女を作らなくなった。
なにその、美味しそうな展開!
どうやら、彼女がいたけれども、本当に好きな女性はいつも彼氏がいたらしく。
「その人と結婚するの!?」
自分でも、湯沢っちの話に食いついたなと思ってしまった。
こっちを見おろして、ニヤリと笑った湯沢っちは、チッチッチッと舌打ちと同時に人差し指を左右に動かしてまるで酔っ払った新藤さんみたいだった。
「長い長い片想いの末に、その思い人が不毛な恋愛をやめたから、ほとぼりが冷めた頃に思いを告げようと思っていたら、すでに超絶イケメン彼氏ができていたんだとさ」
「因果応報だね、好きでもない人と付き合ったりするから」
「……まぁ……で、結局、いつも自分の側にいた同期とそういう関係になったみたいだな」
「ふーん」
「いつも側にいた人と恋愛関係になるってどう思うよ?」
湯沢っちの問いかけは、最寄り駅を通過する特急電車の音でよく聞こえなかったのである。
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