第3話

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▽ 「ねぇ伊吹さん。外国の人が日本に住むって、大変なの?」 「......どうしたユウキ。いきなりそんなこと」 翌日の午後。本部に行く前に伊吹さんの研究所に立ち寄ったオレは、オレンジジュースのストローを弄りながら聞いた。 話は、昨日の夜に遡る。 ▽ 挨拶の後、自分の分も持ってきたシチューを見せて「一緒に食べよ」と誘ってみた。 「うん」と言ったときのあの笑顔は、作り物じゃないと信じたい。 壁越しにお互い食べながら、色々な話をした。 本部の人のモノマネや、オレの友達が考えた一発ギャグなど、明るくしようと何でもした。 初めは何の手応えもなかったのだが、シチューの皿が八割がた無くなった時には、クスクスと壁の向こうから聞こえていた。 食べ終わり、少しして。バカな話をしながら立ち上がり、別れの言葉を告げる。 壁の奥から顔を出した彼女は、笑いながら泣いていた。 「ごめんね、おかしいよね」そう言って、また泣いた。 「Благодарю(ありがとう)До встречи в следующий раз(またね、バイバイ)」 「え?」聞き返すと同時、壁がせり上がり二人の間を阻んだ。 仕方なく、部屋を出る。その時、立方体に添えられるように置かれた布団を見つけた。 部屋を出たオレを出迎えたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにした司令と、潤んだ目のシダユリ。そして、薄く微笑んだスズリだった。 「よがっだ」 涙声の司令は言う。 「なっちゃんがスズリ以外の人とあんな長いこと喋るなんて」 ズズッと鼻をすすり、強くオレの手を掴んだ。 「これからもよろしく頼むぞ」 ▽ 「両親を亡くしたロシアの子が引き篭もっている、か」 本部の存在は一般人には決して知られてはならないので、『知り合いの子』という体で話す。 「何かしてあげたいんだけど......」 「うーん。俺は言語学者だから、言語に関してのみで話すけどな」 そう前置きして伊吹さんは言う。 「彼女を苦しめているのは、〈言語の壁〉ってやつさ」 コーヒーを啜ると、伊吹さんは少し悲しそうな顔をしてそう言った。 「〈言語の壁〉......でもそれって、言葉が通じないって意味じゃなくて?」 そう問い返す。が、 「え?」
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