第3話

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伊吹さんは眉を寄せた。 「だから、会話できてるんだから〈言語の壁〉はないんじゃないの?」 「いや、すまないユウキ。何言ってるか理解できない」 「えぇ!?だからぁ!オレとその子は普通に会話ができてたわけで!」 「すまん。本当にわからないから英語で言ってくれないか?」 「英語で!?」 沢山の言語を研究しすぎて日本語がわからなくなったか。そう思いながら、机の上のパソコンで翻訳しようと── 「──こういうことか」 呟くと、伊吹さんはニッと笑った。 「ユウキはものわかりが良くて助かる!」 伊吹さんは棚から何冊もの分厚い辞書を取り出し、壁のように並べ始めた。 「自分の話したい事が、話したい言葉で伝わらない。その子は翻訳機こそ必要じゃないけれど、頭の中で一度日本語に直してから発言し、頭の中でロシア語に直し理解しなくちゃいけない」 「少し返事が遅れてなかったか?」と聞いた伊吹さんに「確かに」と返す。 「そして何より、その子の両親が亡くなったことによって、彼女は母国語で話すことのできる相手が消えてしまったんだと思う。気持ちを言葉にした時、真っ先に頭に浮かぶ慣れ親しんだ言語で話せる。そんな相手が彼女にはいない」 辞書を指で突くが壁は倒れない。 「それは、どうやったら解決できるの?」 「難しい問題だな。なにせ戦争の原因にもなるくらいだ。ただ一つ言えるのは」 伊吹さんは机をぐいと傾けた。 辞書がバタバタと倒れた。 「一人閉じ籠っているいるだけでは決して解決しない。そして〈言語の壁〉なんてものは意外なところから崩れるものなんだよ」 「......あ、コーヒーコーヒー!」 倒れたコップから漏れたコーヒーとジュースが、辞書に向かって進軍を始めていた。 ▽ 「おりゃっ!」 本部内にある訓練室。 室。いやもはや街と呼んで差し支えない。 半径500メートルのそれは、荒廃した都市(げんごせかい)を再現していた。 夕方、司令に呼び出されたオレは、スズリと共に戦闘訓練を行うことになった。 今行っているのは、スズリの〈三剣分立〉を全てはたき落とすという訓練。 能力とスラスターで加速すれば簡単かと思いきや、それがそうでもない。 小さなナイフにはなかなか狙いが定まらず、上手くいってもギリギリで避けられる。 「うおりゃぁっ!」 これをかれこれ十五分は続けている。正直しんどい休みたい。
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