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「今日サク、バイト休みだったでしょー?だから、デートしようって」
「いいですねぇ」
「サクって甘え上手だよねー。仕事中は大丈夫?」
「サクさん、すごくしっかりしててそんなふうには見えませんよ」
「そっかぁ。なら、良かった。迷惑かけてたらどうしようかと思っちゃった」
「心配しなくても大丈夫ですって」
サクが甘え上手なのは知っている。
でも、仕事中にそんな態度を取るような人じゃない。
もちろんユイさんもわかっていること。
ユイさんの、サクを所有していると言わんばかりの話は続く。
私は笑顔のまま相槌を打ち、イライラする心を抑えていた。
この人の言うことでいつも私の心は腐る。
そして、このイライラ感が解消する頃襲ってくるのは、虚しさだけだ。
「ごめん、じゃお先にー」
「お疲れ様です」
「お疲れっ。あ、そうだ。今日の帰り道もちゃんとケイタとか別の人に送ってもらいなよ?遅くなくても、夜道は一人じゃ危ないから」
「心配してくれてありがとうございます。わかりました」
「うん、ならバイバイ」
ユイさんは勝ち誇ったような笑顔とフロ ーラル臭い香水の匂いをこの部屋に残して、ヒールの音と共にいなくなった。
サクとどこかへ行ったんだと思うと、堪らなくなり、私はロッカーの中で目についた自分のバッグをユイさんのロッカーへ思いきり投げつけていた。
私と一緒にいるサクは夢で、ユイさんとデートをするサクは現実なの?、とやるせなくなる。
視界がぼやけてくる。
歯を食い縛り、ロッカールームに佇んだ。
サクの久々の休み。
そんなわずかな休みに入り込むのは”彼女”という枠。
悔しいけれどきっと今日サクは、ユイさんとご飯を食べて、一緒にビールを飲んだりして、恋人同士の夜を過ごすだろう。
わかっているのに、頭ではわかっているつもりなのに、心がついていかない。
泣いてもしょうがないのに涙が自然と出てくる。
なんだか私の想いが届いてないみたいだ。
こんなに身体を重ねてるのに一方通行の片思いのよう―。
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