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「お疲れ様」
帰り道、忠告された通り誰かと帰ることはせず、一人でグルグルと同じことを考えながら歩いていると、自分の家が見えた時、声を掛けてきたのはケイタだった。
「ケイタか。お疲れ様」
「今日は一人?」
「一緒にいるわけないでしょ」
ケイタは全てわかっていてあの日以来、何かにつけてサクとのこと聞いてくる。
あの二人の行動パターンからして、今日はデートの日になることを私だけじゃなくてケイタも知っている。
「ご飯食べましたか?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、俺の家で一緒に食べますか?」
「やめとく」
「一人で泣く時間減ると思いますよ」
「プライバシーの侵害っていつも言ってるでしょ」
うちのアパートは壁が薄い。
話し声も聞こえ、すすり泣いた日も聞こえるらしい。
私はサクとユイさんがデートした夜は必ず泣くのだと、すでに定番になっている。
聞こえているのが、ケイタの部屋だけじゃなかったら、私は引越ししなければならないところだった。
女の泣く声が聞こえるアパートなんて、不気味で、近所迷惑も甚だしい。
けれど、都合よく私の部屋は一番端にあり、お隣さんはケイタだけ。
そのケイタが大家さんに訴えたら、引越しの危機に立たされる。
年下でアルバイト先でも後輩のケイタから、先輩の私は弱みを握られているというわけだ。
しかし、ケイタは脅迫するどころか、私の心配や面倒までよくみてくれる。
その理由に、ケイタが私のことを今尚好きでいてくれるから。
気持ちに答えられない、とはっきり断っているにも関わらず、ケイタは私のことを好きだと言う。
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