56人が本棚に入れています
本棚に追加
5
今日は土曜日。
学校からではなく、家からの出勤になる。15時から閉店までが私の労働時間だ。
アパートの自室から出ると、ケイタに会った。偶然にも出掛けるタイミングが同じだった。
お互い鍵をかけるとエレベーターのないアパートの階段を縦一列でくだる。
主語がなく、会話が成立するのは、アルバイトの話。ケイタとこれからの行き先が同じで間違いない。
「あれ、もしかして今からですか?」
「まぁね。ケイタこそ、今から?」
「はい。ってことは、今日最後まで一緒ですね」
サクさんは最後までじゃないんだ、とケイタの笑みから言わなくてもそれが伝わった。
ケイタと私が同じ時間に出勤ならば、最後まで一緒だというには理由がある。
それは、閉店まで働くアルバイトの人間が二人だと決まっているからだ。
「ケイタは真っ直ぐ行くの?」
「そうですよ。何でですか?」
「まだ時間あるから、どこかに寄ってから行くのかと思って」
早く出すぎたと思っていたのに、ケイタまで早く出てくるものだから疑問になった。
どこかに寄ってから出勤すると考える方が普通だ。
「いや、どこにも寄らないですよ。ただ早く準備したから、今日はのんびり行ってみようかと思って。どこか寄って行くんですか?」
「ううん。私は早く出すぎただけ。用事はないよ」
探り探りの会話をしながら、アパートから離れ、アルバイト先へ歩き出していた。
「一緒に行く?」とケイタから言われたのが可笑しいくらい、それは自然で、気にもならないくらいだった。
「どうせ同じ方向だしね」とそんな返事しかできない私は、可愛くない女だ。
急ぐ必要もなく、時間に余裕があるせいか、のんびりとアルバイト先までの道程を歩く。
時折、肩がケイタの腕に当たる。
この時間には珍しく人通りが少ない。二人の足音がよく聞こえるくらい静かだった。
会話はなかったが、気まずい雰囲気でもなかった。
何か話さなくちゃ、と焦ることもなく、ぼんやりとなんだか無心でいられた。
アルバイト先であるカフェの店舗が視界に入り始めると、無性にこの時間が惜しいと思えたのはなぜだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!