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今日は土曜日。 学校からではなく、家からの出勤になる。15時から閉店までが私の労働時間だ。 アパートの自室から出ると、ケイタに会った。偶然にも出掛けるタイミングが同じだった。 お互い鍵をかけるとエレベーターのないアパートの階段を縦一列でくだる。 主語がなく、会話が成立するのは、アルバイトの話。ケイタとこれからの行き先が同じで間違いない。 「あれ、もしかして今からですか?」 「まぁね。ケイタこそ、今から?」 「はい。ってことは、今日最後まで一緒ですね」 サクさんは最後までじゃないんだ、とケイタの笑みから言わなくてもそれが伝わった。 ケイタと私が同じ時間に出勤ならば、最後まで一緒だというには理由がある。 それは、閉店まで働くアルバイトの人間が二人だと決まっているからだ。 「ケイタは真っ直ぐ行くの?」 「そうですよ。何でですか?」 「まだ時間あるから、どこかに寄ってから行くのかと思って」 早く出すぎたと思っていたのに、ケイタまで早く出てくるものだから疑問になった。 どこかに寄ってから出勤すると考える方が普通だ。 「いや、どこにも寄らないですよ。ただ早く準備したから、今日はのんびり行ってみようかと思って。どこか寄って行くんですか?」 「ううん。私は早く出すぎただけ。用事はないよ」 探り探りの会話をしながら、アパートから離れ、アルバイト先へ歩き出していた。 「一緒に行く?」とケイタから言われたのが可笑しいくらい、それは自然で、気にもならないくらいだった。 「どうせ同じ方向だしね」とそんな返事しかできない私は、可愛くない女だ。 急ぐ必要もなく、時間に余裕があるせいか、のんびりとアルバイト先までの道程を歩く。 時折、肩がケイタの腕に当たる。 この時間には珍しく人通りが少ない。二人の足音がよく聞こえるくらい静かだった。 会話はなかったが、気まずい雰囲気でもなかった。 何か話さなくちゃ、と焦ることもなく、ぼんやりとなんだか無心でいられた。 アルバイト先であるカフェの店舗が視界に入り始めると、無性にこの時間が惜しいと思えたのはなぜだろうか。
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