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今思えば、僅かな違和感はあの夜からあったのだと思う。けれど、直輝が気取られまいと努めた甲斐あって、私はその些細な変化に気付くことができなかった。
私が仕事から帰ると、かかっているはずの鍵は開いており、玄関にはあるはずのない直輝のスニーカーがあった。確か今日は、帰りが遅くなると以前から言っていた日のはずだけど。
「ただいまー。直輝もう帰ってきたの?」
リビングに足を踏み入れた時に覚えた違和感。私がその正体に気が付いたのは、直輝の姿を見た後だった。
「おかえり」
そう言った直輝は、いつもの部屋着姿ではなくスーツを着ていた。
「ちゃんとした格好するのなんて何年ぶりだろう?どうかな?変じゃない?」
鏡の前に立っていた直輝は少し照れたようにネクタイを締めて見せた。
「変じゃないけど……どうしたの?急にスーツなんか着て」
その時になって私はようやく気が付いた。部屋の隅にあった直輝のギターがないのだ。いつもの場所にあるはずのギターが、今はギタースタンドごと跡形もなく無くなっていた。
「あれ……?あそこにあったギターは?……ねぇ、どうしたの?」
私がそう聞くと、直輝は貼りつけたような笑顔でこう答えた。
「ギターは捨てたよ」
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