神様の前では誓えない

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 そのギターは十代の直輝がお金を貯めて初めて買ったギターで、恐らく直輝が一番大切にしているものだった。驚きで言葉を失った私をよそに、直輝は話を続けた。   「音楽活動は辞めて、就職しようと思ってるんだ」  さーっと血の気が引く音が聞こえた気がした。直輝から辞めようか迷ってるだとかそんな話は一度も聞いたことがなかったから、私は酷く動揺してしまった。  「新曲の売れ行きが思ったよりも悪かったから?歌うのがもう嫌になっちゃった?」  「俺、きっと才能ないんだよ。それなのに、次こそは次こそはって。いつまでもこうしていられないでしょ。こんなんじゃ未結ちゃんのご両親にもきちんと挨拶できないし」  「そんなこと、気にしないでいいんだよ?」  「未結ちゃんが気にしなくても俺が気にするの。俺、ちゃんとしたいんだよ。だから決めてたんだ。未結ちゃんが三十になるまでに結果を出すって。だけど……うん」  私とのことを真剣に考えてくれている直輝の気持ちは素直に嬉しかった。けれど、私は直輝に音楽を辞めてほしくなかった。だって、小さい頃からの直輝の夢じゃない。何年そばで見てきたと思てるの。それに、私は直輝に音楽の才能があるって信じてるよ、それらの言葉が浮かんでは消えた。  「事務所のツテで就職先紹介してもらえそうなんだ。面接で落とされる可能性もあるけど、紹介ってことだから多分受かると思う。こう見えて俺、結構気に入られてんのよ?」  そう言いながら、直輝はへらへらと笑った。  私がなんと言おうと直輝の意志は固かった。あんなに大事にしていたギターを捨てたことが全てを物語っている。普段は温厚で流されやすい癖に、一度自分がこうと決めたことは絶対に曲げない頑固なところを知っているからこそ、私はそれ以上何も言うことができなかった。  その夜、私はベッドの中で一人考えた。自分は一体どうすべきなのか。考えて考えて、考え抜いた末に、私は彼の前から姿を消すことにした。  
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