0人が本棚に入れています
本棚に追加
ビルや人の隙間を、勢い衰えぬまま飛んでいった身体は、吸い込まれるようにとある病院の窓に入り込んだ。
真っ白な壁にぴっちり整えられたベッド、しかし沢山のぬいぐるみや千羽鶴、窓際に飾られた置物が、長らく入院している事を示していた。
ベッドには恐らく、私と同じ歳くらい、十代半ば頃女の子が体を横たえていた。
チューブが体に巻きついて、なんとも窮屈そうだ。
肌は雪の様に真っ白で、さらりと細くて長い髪、そして長い睫毛と大きな瞳にはどこか見覚えがあった。
覗き込んでいた私に気づくと、顔を少しだけ傾けにこりと微笑んだ。
酸素マスクの中だけで微笑むからか、ぎこちなく感じた。
私も微笑もうとしたけれど、心のとっかかりのせいか上手く笑えなく、なんとも変な顔をしていたと思う。
そこへ勢いよく扉が開いて女性が飛び込んできたかと思うと、勢いそのまま少女に抱きついた。
余りの勢いに、少女が潰れてしまいそうに思えた。
女性は五十代か、それより上かといったところだし、恐らく彼女の母親なのだろう。
「やった!!やったのよ!!ドナーが見つかったの!!」
興奮冷めやらぬのか、震える手で少女の肩を抱きながら、叫ぶ様にして言った。
その言葉を聞いた少女の目は、みるみるうちに光を宿していった。
光の粒はいくつもに増え、やがて満天の星輝く夜空のようになった。
あとから父親と思しき人物と医師も入ってきて、二人ともにこやかに笑っていた。
しかし、先ほどの美しい瞳をすぐに曇らせ、少女の目には陰が落ちた。
何か迷うかのように瞳が揺れている。
「その……ドナーの方は?」
「あぁ、千葉県の佐藤春海さんという方だよ。事故で昨晩亡くなったんだがーー……」
佐藤春海……事故で……
……そっか、そうだったのか……
胸の奥がズキンと音を立て、痛いようなくすぐったいような感覚に襲われた。
そして涙が溢れでてくる。
薄々感づいていたけれど、もう私の体は活動を停止したのだろう。
でも、今の話だと……最後の私の声は、ちゃんと届いたんだね。
医師の説明がまだ続いているが、少女は私の方を見上げた。
私は涙を抑えられなかった、でも自然と笑みが浮かんできた。
「さようなら、私。そして、おめでとう。新しい私のカケラ。」
今度はきっと、心の底から笑ってあげられたと思う。
最初のコメントを投稿しよう!