第七章 ヴァンパイアの秘密

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一歩互いの距離をレフは詰め、再度「感謝してる」と言葉を述べる。どこか不器用なその言葉にアキトは気恥しさを覚え、笑って誤魔化そうと笑みを浮かべたが、レフから目を逸らされることはなく、それが変にアキトの緊張を高める。 「俺は死ねない。少なからず目的を成すまでは。例えお前と同じヴァンパイアに成り果てた所で、それは変わらない」 真剣さを瞳に宿し、レフは意味深な言葉を口にする。その言葉にアキトは安堵し、今だったらずっと訊いてみたかったことを訊いても大丈夫な気がして、 「僕も……訊いていいですか」 その目的を教えてくれる気がした。レフが誰かと、信楽アキトという存在と取引してまで成し遂げたい理由。訊いても良いのだろうかと、そんな不安を胸に抱きながらも、アキトの口からは言葉がこぼれるように吐き出されていた。 「なんだ?」 胸に宿るアキトの不安を吹っ飛ばすかのように、レフの声色は優しいものだった。上官らしい上からの言葉でも、命令形な言葉でもない。同じ場所に立っての言葉。 ずっと遠い人だと思っていたから。同じ場所に今だけでも立ってくれていることが嬉しい。 「レフ大尉の目的ってなんですか? ……って訊いてもいいですか?」 「っはは、訊いてるじゃないか。そうだな、お前になら俺のこと、話してもいいかもしれないな」 破顔するようにレフは頬を緩めて笑う。その姿は初めて目にするものであり、最近は特にピンと張り詰めていたせいもあってか、とても新鮮で綺麗に見え、自然、アキトの目を奪う形となる。 ――あぁ、どうしよう。変な気持ちだ。レフ大尉とこんなに近付けて、嬉しくて堪らなく心臓がうるさい。もっと近付きたい。もっとレフ大尉の傍にいたい。この人の色んな顔を見てみたいし、この人の抱える物を一緒に抱えたい。 「アキト……?」 「ぅ、わ……」 それは不意打ちであった。ぎゅんっと心臓が飛び跳ねた気がして、ドクドクと騒がしい。 頭の中が困惑する。無性に恥ずかしくて、レフに聞こえてしまうんじゃないかと言うくらいに鼓動が速くてうるさい。それに顔も熱くて、きっと赤くなってると思う。恥ずかしい、たまらなく恥ずかしい。 アキトは恥ずかしさを隠すように両手で顔を覆い、前屈みに腹を抑えるような体勢で屈んでしまえば、突然のアキトの行動に、レフから心配げに声を掛けられる。 「大丈夫か?」 「れ、レフ大尉、その、僕の名前……」 「ん、ああ。いつまでもフルネームで呼ぶのは堅苦しいだろ? それより大丈夫か? 腹痛いのか……?」 「だいじょぶです……元気なりました」 どうしよう。こんなにも心臓が騒がしいのは初めてだ。口から心臓が出てしまいそう……。 いつだったか、レフは名字と名前の区別がつかないんじゃないか、そんな疑問を抱いたことがあった。いつもフルネームで呼ぶから、それが互いに引かれる線引きだと思っていた。 けれど、唐突な名前呼び。それが恥ずかしくて、驚いてしまったけれど凄く嬉しくて。名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。なぜだろうか。ニコラスに呼ばれるのと、レフに呼ばれるの。それは大きく違って、レフに呼ばれるのが驚くくらいに嬉しくて、名前を呼んでもらえる程に心の距離が縮まったんだと実感すれば、それが更に嬉しくて。キリがないくらい幸福感に包まれた。
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