第八章 灰色の欲望

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「……僕が怖いんですか」 あの時と同じだ。何かに恐怖するように体を震わせる。その対象が自分じゃないと分かっている。自分を通して何かを見ているんだという事は、なんとなく理解している。 だけど、違うと理解していても、そう問わずにはいられなかった。 弱々しい声で「違う」と言葉を口にし、小さく首を左右に振る。だがレフの震えは収まる様子を見せない。それどころか、目で見て分かる程に震えは増している。 そんなレフを安心させたくて、顔を向かせて目を合わせてしまえば、アキトはぎょっとしたように目を見開いてしまった。――なぜならレフの瞳は、今にも泣き出してしまいそうな程に潤んでいたからだ。 思わずパッと両肩から手を離せば、バツが悪そうに目を逸らしてしまったのは自分だ。 「……悪い」 「いえっ、僕こそすいません」 「癖……なんだ」 体の震えが伝わっていくかのように、レフの言葉も揺れている。 なんだか泣かしてしまったみたいで、少しだけ気まずく目を合わすことができない。 「癖……?」 「精神的なものだ。どんなに俺が忘れようとしても……忘れられない。強い言葉を掛けられるだけで体が勝手に反応して……だから別に、アキトが怖い訳じゃないんだ」 「精神的な、もの……?」 再確認するような問いにレフはコクリと頷き、自身を抱き締めるように両腕でぎゅっと身を守り、縮こまらせる。 つい最近も目にした光景だ。自己防衛だろう。そうすることで自身の気持ちを落ち着かせようとしてるんだ。 「――あの日も」 できるだけ優しい声を出せるよう意識をし、レフの頭に手を伸ばして髪の毛に触れる。手触りの良い髪の毛はサラサラと掌から零れ落ち、カーテンの隙間から射し込む光がキラキラと輝かせる。その手を、いや両腕を、あの時と同じようにレフの体にへと伸ばし、ぎゅっと全身で抱き締める。 「上層部に行った帰り。あの日もそうだったんですか……? 今より酷かった」 「……そうだ」 レフは抱き締めるアキトの腕を退かして体をこちらに向かせる。 安心させたいとはいえ、これは嫌だっただろうか、いや男にされても嫌なだけだろう。腕を退かされたことによってアキトは申し訳ない気持ちを抱きつつも、自身の中で確実に抱き締めたい衝動があることも認識していた。 しかしそんなアキトの心情は露知らず、レフはアキトに向け大きく両腕を広げる。その意味が分からず首を傾げれば、レフは互いの距離を少し縮めて広げた両腕をアキトの背中にへと回した。 「え……」 「変だろうか」 「い、いえっ」 変? 変っていうか驚いた。だってまさかレフから抱きついてくるなんて思っていなかったから。 アキトはドギマギしながら抱き締め返すように背中に腕を回す。すれば背中に回されたレフの腕の力は少しだけ増した。
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