第八章 灰色の欲望

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不思議と疑問に思う。レフを安心させたくて己の腕を伸ばし、その身体を包み込むように抱き締めただけなのに、どうして抱き締め合っているのだろうと。 ――でも温かい。ぽかぽかとした温もりに、レフのいい匂いが鼻を擽ってアキトまでも気持ちが落ち着く。 前までならこんなこと考えられなかった。少しずつレフが心を開いてきてくれて、それが無性に嬉しいのだ。正直レフに抱いた印象は良いところと呼べるものばかりではない。時折見せる冷酷さは身震いするものもある。それに加え自分勝手な部分もレフにはあって、こっちのことなど興味すらない。こちらの心配も無下にするような人だ。そんな人が自分を求めてくれている。嫌われるんじゃないか、嫌われてるんじゃないか。そう考えてしまうことも多かったのに、こうも求められてしまえば嬉しいではないか。 そんなことを考え意識すれば自然、鼓動の速さが増す。レフからの見返りを求めていたわけではない。けれど心のどこかでは期待をしていたのかもしれない。レフがこうして心を開いてくれるのを。 ――もしかしたらレフは思っていていたよりも弱くて、甘えたがりなのかもしれない。 気付けばレフの震えは収まりを見せていた。けれどレフは離れようとせず、むしろ温もりを感じようとしてるのか、アキトの胸にへと頬を擦り寄せてくる。その姿は小動物のように可愛らしいものがあり、胸がほっこりとあたたかくなる。 「不思議だ。アキトに触れてると落ち着く」 「そうですか……?」 「普段はこんなじゃない。弱ってる姿を誰かに見せた事は一度もないのに、アキトの前だと気が緩んでしまって、本当の俺が出てきてしまう」 胸に顔を埋めたままレフはぼそぼそと話す。その言葉の数々はやはり、今までのレフからは考えられるものではない。それだけでも嬉しいのに、そんなレフの姿を晒すのが自分だけと言われてしまえば変に胸が高鳴りを覚える。 「僕だけが知るレフ大尉ですか……?」 この沸き上がる感情はなんだというのだろう。興奮、だろうか。だがその興奮の中に、別の感情も入り混じっている気もする。その感情は間違いなく汚くて、邪な感情で。――まあその感情を置いても確実に、レフの一つ一つの言葉に何かを感じていて、今は酷いくらいに特別感に浸れているのだが。 だってそうだろう。レフも言っていたが、こうしてレフが甘えてくるのは自分にだけ。そんな特別感と優越感は最高に興奮する。 自分だけが、――僕だけが知ってる姿だ。 優しく頭を撫でれば猫のように甘える。落ち着くように頬を緩めて、こんなことが出来るのも僕だけ。 「アキト以外に、こんな姿晒せない」 アキトの邪な感情に追い打ちをかけるような言葉が、暴力的に心を揺るがせる。 「……そうですか」 ――ぞくぞくする。 レフを目標としてる者は自分だけじゃない。他にも沢山いるだろう。それ以外にも、ニコラスが言う狙っているという人達も沢山。だけどその人達を差し置いて今、レフに触れている。 ――これはもう、独占欲だ。 「そろそろ離れましょうか。誰か戻ってくるかもしれません」 これ以上触れていてはいけない。これ以上に触れてしまえば、この人を汚してしまう気がする。もっと自分を知って欲しくて、もっと求めて欲しくて。 自分だけを見て欲しいと、そう願ってしまいそうになる。 「ん……ああ。すまない、こんな真似して」 「いいえ。こんな形でも力になれるなら僕は大歓迎ですよ」 知られてはいけないだろう。 この汚い気持ちを。知られてしまったら、きっとレフはいなくなる。 これは心の底に仕舞っておかなくちゃいけない感情だ。
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