第二十幕『魔法仕掛けの部屋』

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第二十幕『魔法仕掛けの部屋』

 資料保管庫で悪魔の男は、赤の目を光らせる。気配は消して、鍵を術で開けた。  鍵を探す暇はないので、実はダメ元だった。面倒くさかっただけともいえるが。 ――便利だな。  これくらい余裕、と笑みを浮かべながら内心、自分自身ですらそう思うのだった。  先ほど見た姫の記憶では、ここに重要な手がかりがあるらしいことを学者が言っていた。  男はふと思う、自分のこの能力さえあれば情報など悪用し放題だ。その思いは男の心をふつふつと沸かせる。どこまでも純粋な、単純な悪魔だった。  それが今や、一人の少女のために心を傾け、行動をとっている。考えれば何ともおかしかった。  しかし笑っている場合ではない。この城の中にある、闇に閉ざされた部屋のありかを突き止めなくては、と男なりに必死だったのだ。  部屋は円形になっており、吹き抜けでとても高い天井だった。  筒状の、その不思議な部屋の天井を見上げると、目が回り、頭がくらくらした。  ぐるりと部屋を囲う本棚。天井までぎっしりと分厚い本が並べられており、そのおびただしさから、まるで囚われてしまったかのような束縛感があった。  さらには、この部屋全体から感じる魔法の気配。  これは魔術者が侵入したときの対応だろう。圧迫感を感じるのも、魔法仕掛けの何かがあるからだ。男はそれを感じると、部屋の上の方へと飛んだ。  この部屋にはおそらく、城の機密事項がたくさん隠されている。地図には宝物庫の場所などもあるだろう。  しかし男には、あの部屋の場所さえ分かればよかった。 (敵を攻略するには地図を制する……か。それよりも手っ取り早い方法があればな)  そう思い、手がかりを探っていた矢先。 「見つけた。……侵入者」  部屋の入り口に居たのは、小柄な少女だった。男は別段驚いた様子もなく少女を見下ろす。 「おっと。可愛いメイドさんじゃねぇか」  男は少女の黒い服、幼い見た目を見てそんな事を言う。 「残念だけど違うわ」  その言葉の意味が男にはよくわからなかった。しかし、少女のただならぬ雰囲気を感じ取る。  幼い見た目にしては言動が冷静すぎではないだろうか。さまざまに思考を巡らせる。 「そりゃあ残念だな。ならば聞いてやろう。……お前は何者だ」  男は尋ねるが、少女は表情一つ変えず、答える様子もなかった。  しばらくの沈黙のあと、少女は鼻で笑う。 「それ、こっちのセリフだと思うけど?」  これはどうやら……ばかにされているようだ。 「なかなか強情じゃねぇか……そういうことなら。力づくで吐かせてやる!」  対抗意識を燃やした男は、少女の元へと急降下していった。  少女は脇目もふらず、横に伸ばした手で本を掴む。 「私は姫様の侍女、キャスリン・ワトソンだから。メイドじゃない」  刹那、男の力が抜けた。 「だあぁああぁああぁ!?」  まるでがっくりと膝を折られてしまった時のように、いきなり男は地面に落ちた。  ぶつかった時の音は固く、その衝撃の強さを物語る。  少女は男が落ちる前にひらりと、男をよけた。余裕の笑みを浮かべながら。 「い……いってぇ! いてぇじゃねぇか!!」  しかし、先ほどの少女の言葉に拍子抜けした訳ではない。一瞬にして魔力が無効化される何かが起こったのだ。  それはどうやら、少女が棚から本を抜いたことが関係しているらしい。少女は手のひらで、分厚い本を弄ぶ。 「ふふふっ♪ このお部屋、面白いでしょ」  先程まで冷静だった少女は、上機嫌そうにほほ笑んでいる。 「それにしても、ドジな侵入者さん? そう、簡単には行かないのよ?」  この部屋の仕掛けによって魔力を奪われたのか。それとも魔力を無効化する装置が働いたのか。どちらにしても、痛みと無力感で体が起こせないことには変わらない。  しかも屈辱的にも、少女を上目ににらみつけることが、今できる精一杯の抵抗だった。 「あ~あ。大きな虫を捕まえちゃった。さぁ、一体どうしよう?」  柔らかに微笑み、こちらを見降ろす少女。その無邪気な台詞には嫌な予感しかしない。  魔術を使えない今、男は一抹の焦りを感じていた。とはいえ、こんな小柄な少女なのだから、仲間を呼ばれさえしなければ殺されることはないだろう。  しかし不思議なことに、少女からは敵意は感じられなかった。それどころかまるでいたわる様に、優しい目を向けられているような気がする。  それが逆に、少女の思惑をわからなくさせた。目的は何か。メイドではなく、ただの侍女なのか。そして男には、もう一つわからないことがあった。それは―― 「侍女とメイドの違いって……なんだ?」  今度は本当に、少女の方が拍子抜けしたようだった。 「な……っ!? そ、そんなこと、あなたに関係ないでしょ!」  気を取り直して、少女は冷静な表情に戻る。そして、手を上に高く掲げた。 「あなたが探していた本はこれかしら?」  本棚の上の方から、一冊の大きな本が引っ張り出される。というよりは、本が勝手に出てきたといった方が良いのだろうか。いずれにしろ、少女の掲げた手が操作しているのだろう。  ゆっくり、少女の手元へと落ちていく本。そしてそのまま手のひらに到着すると、少女はその本を男の背中に落とした。 「うぐっ!」  男の悲痛な奇声と、本の重厚な音が同時に鳴る。 「いちいち何だ!?」  その様を見る少女は、どこか楽しそうだった。 「あら、ごめんなさい。あなたの探していた本、これじゃない?」  本を背中からおろし、男はすぐさまそれに目をやる。  それは分厚く、赤い表紙の本だった。表紙だけを見るが、男にはその表題の文字がわからなかった。読めなかったのだ。だが、本を持った瞬間に何か予感がした。この本は確かに、男の探していた本なのだろう。  しかし、なぜ少女は、それを知っていたのだろう。この本は、探している内容を映し出す、魔法の本なのだろうか。だが、今はそんな事はどうでもよかった。  本を持った時、本能が本を開けるなと言っている気がした。本を開いてしまえば最後、まるで本に生気を吸い取られてしまうかのような気がしていた。  だが、ここで尻込みをする余裕はない。そもそも悪魔であり、自らを魔王とさえ思う程の自信が今まであった。  しかしそれも。魔力を失ってしまえば、自分はただの人間も同然なのだろうか。  自分は一体今、何者となっているのだろう。  男にはそんな考えがよぎるが、それは恐れではなかった。いや、恐れはないというならすでに本を開けていただろうか。 「だいじょうぶ。こわくないわ。あなたの事を少し教えてもらうだけ」  少女の声が聞こえたかと思うと、気づけば導かれるように分厚い本を開いていた。 「!? これは……」  開いた本の中には、闇色の世界があった。すさまじい風がおこるのとともに、向こう側に吸い込まれる。  そしてそのまま、闇に取り込まれてしまった。  そのままゆっくりと、閉じていく本。しかし本は、そこで閉じるより前に少女までも飲み込もうとする。 「え? ちょっと待って……私はいいから!」  それからさらに本の中から、悪魔の手が伸びてくる。道連れにしようというのか、油断していた少女は足首をつかまれる。 「――ひゃんっ!?」  すさまじい本の引力に加え、男につかまれたまま引きずり込まれる。とうとう侍女のキャスリンまで本に閉じ込められてしまった。  そして部屋は何事もなかったかのように静寂を取り戻す。ただの一冊、床に赤い本がぽつんと残されただけになった。                              -第二十一幕へ-
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