五章

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「長嶺に資金援助をしてもらって、ようやく俺たちはこうしているんだ。俺のことが言えた義理か」 「今と昔では状況が違う。それに赤の他人を娘にする義理は俺にない。家出なら警察に保護をしてもらうのが普通だろう」  一彬は静かに言った。 「……本人がそれを望んでいないと言ったら?」  成親は息子の異変に首を捻る。  昔から感情に訴えることだけはしない息子だった筈なのに、今回はどうも理屈も様子もおかしい。 「まぁ、家出と言うのだから自らの意志で出ているのだろうな」 「彼女は、うちで暮らすことを選んだ。警察に保護されて元の家に戻されたとしよう。また家出したら意味がない。それに彼女に何かがあった際、嶋木の名前を出されたとしよう。世間は、何て言うだろうな」  成親は一彬の額に汗の滴が光るのを見た。  この息子が他人の為にここまで必死に食い下がるなんて、どんな不良娘だろうか。 「お前が勝手に約束したんだ。彼女の生活費云々はお前が面倒見ろ。それが条件だ」  鏡台から立ち上がった成親が、肩に掛けていたネクタイを締める。 「……当然だ」  一彬が僅かに気を抜いた息を吐いたのを、成親は見て見ぬ振りをした。
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