五章

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一彬はため息をつきながら席を立ち上がる。 「鑑田さん。あんた、華生といるときと随分性格が違って見えるが」 指摘を受けた彼は、わざとらしく先ほど殴られたほおを撫でた。 「お兄さんもでしょう? 貴方、華生さんが絡むとひどく余裕がなさそうだ」 一彬の目つきが鋭くなると、鑑田の口の端が持ち上がる。 「……俺はまだあんたの『お兄さん』になった覚えはない!」 人の会社のドアを乱暴に閉め、一彬はツカツカと高圧的な音を立てながらエレベーターに向かう。 「おや、嶋木のお兄さんじゃないですか?」 息子とは似ても似つかぬ脳天気な声が背後から聞こえた。社長の顔はふくふくとした丸顔で、いかにも好々爺という印象だ。 「今用事が終わったところでしてな。どうしました?」 のんびりした声の調子に、ただでさえ苛立っている一彬は上手く合わせきれない。 「いいえ……もう私の用事は済みましたから」 「そうですか。今日ですね、柊聖がわざわざ会社に来て『華生さんと結婚したいから嶋木さんに電話させてくれ』って言ったんですよ。あんな真剣な息子は久し振りに見ましたねぇ。いいお嬢さんでしたから、余程気に入ったんでしょう」 七福神の恵比寿そっくりの満面の笑みだった。 「……私の自慢の妹ですから」 エレベーターのボタンを押し、半ば逃げるようにして、一彬は社長に別れを告げる。
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