五章

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文化祭以後、華生は婚約者に愛の告白をされた少女とは思えぬほど浮き足立たない顔で日々を過ごしている。 彼女は今日も右手に目を遣り息を吐いた。まだ、鑑田には正式な返事をしていない。 あれほど自らを主張していた痣はもう消えた。だけど、あの恐ろしい表情はまだ華生の記憶から消えてくれない。 ……目をまじまじと見開いて、奇襲でも受けたかのような顔をして、あの後一日、顔を見せてもくれなかった。 やはり一彬兄様は、私が鑑田さんと結婚するのを良く思っていないのだろうか。 鑑田さんに「好きだ」と言われたとき、正直嬉しかった。あんなに真正面から、自分を求められたことはなかったから。 だけどその一方で、「一彬兄様に言われたかった」と思ってしまった自分を否定できない。 鑑田さんは、家柄なんか抜きにして優しくていい方で、あの人以上の婚約者なんて早々見つからない。なのにまだ、一彬兄様が心から消えてくれない。 あんな表情されたって、選ぶことなんかできやしないのに。
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