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再び瑛子らの自室に連れられた華生は石のように固くなっていた。瑛子が心配そうに顔を覗き込む。
「華生さん、大丈夫だった? あの人おかしいわ。もうここから出ちゃダメよ」
華生の声は掠れていた。
「……同じだった」
「……何が?」
「さっき私に怒鳴ったときの兄様の顔が、お母さんがあの人に組み敷かれていたときの顔と同じだったんです!」
父の一周忌の後の夏の暑い日だった。華生が学校から帰ってきたときのこと。小さなアパートの一室、襖を開けると一糸纏わぬ母が叔父にのしかかられ小刻みに悲鳴を上げていた。「お母さんに何するの!」と訳も分からず止めに入ろうと泣き叫んだ華生に、母はほっそりした身体からは考えられないような大きな声で怒鳴りあげた。
「出て行きなさい華生!」
忘れることはない。あの時の鬼気迫る歪んだ顔。あの時の母が何をされていたかを知るのは、程なくしてのことだった。
あのとき言う通りに逃げ出すことしかできなかった華生は、病に倒れた母に必死の形相で懇願される。
「今後、私に何があっても絶対に、稔叔父さんには近づかないこと」
だから母の死後、納骨が終わったのを見計らって抜け出し、電車などを駆使して遠くに逃げた。もうとっくに母が身体を売って生活を支えてくれていたことは知っていた。そしてその街が一番身を隠しやすいだろうと思った。
今更のようにガタガタ震え出す華生に、瑛子はいつになく厳しい声で命じた。
「……私がいいと言うまで、絶対に、ここから出ないこと」
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