六章

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しばしの沈黙が続いた後、痺れを切らした風恒(かぜつね)が舌を打った。 「とんだ茶番だよ! ったく」 自己主張の激しい足音を立てながら風恒が自室に戻って行くと「私たちも、成親さん」と瑛子が促し、二人も客間を出ていく。弘海も後に続こうとして、ドアの方に向かいながら横目で一彬を見る。 一彬はまるで置物のように動きが止まっていた。 「……兄さんでも『おめでとう』という言葉を使うんだな」 「他に何を言えと言うんだ」 弘海は哀しげに笑みをこぼす。これほど憔悴した兄は、見たことがなかった。 「……本当に強がりだな。兄さん達は」 明日も仕事だろ、早く休めよ? それだけ言い残して弘海は客間のドアを閉める。 ぽつんと残された一彬が、ガクッとその場に崩れ落ちた。 「……畜生……っ!」 七年側に置いてた少女が、女性となって他家に嫁いで行く。 こんな形で手離すなんて、拾った当時は思いも寄らなかったのに。
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